第13話「閃治郎、すぽちゃんヲ体験ス」

 弁慶ベンケイと別れてからは、いつもの調子で宴会が盛り上がった。

 サムライという名で結ばれた剣士たちは皆、とにかくよく食べてよく飲む。閃治郎センジロウはあまり酒をたしなまないが、将門マサカド足利アシカガはまるで虎だ。無尽蔵むじんぞうに、あればあるだけ酒を飲む。

 将門は陽気に武勇を語り、足利はみやびな歌を読んだりもした。

 そうして夜更けまで大騒ぎしての、楽しい一晩が終わったのだった。


「ふむ……ひまだ。さて、どうしたものか」


 閃治郎が少し遅くに寝床を出ると、以外にも拠点の塔は閑散かんさんとしていた。

 今日は日曜日とかいう、国全体で多くの民が共有する休日だ。しかもそれは、一週間という七日間のサイクルで、必ず一度は巡ってくるという。

 初めて味わう日曜日の朝、小鳥のさえずる静かな時が流れている。

 用意されていた朝食を取り、刀の手入れを終えると……とたんに暇になってしまった。


「さりとて、ただゴロゴロしてる訳にもいかない。……鍛錬たんれんしようにも、木刀くらいは欲しいものだな」


 閃治郎は、抜刀術ばっとうじゅつを中心とした居合いあいの使い手である。

 天然理心流てんねんりしんりゅう零式ゼロしき……京のみやこ巣食すく魑魅魍魎ちみもうりょうと戦うために編み出された、一撃必殺の影の闘法。その剣技は、霊験あらたかな神剣によってあらゆる魔を断つのだ。

 軽々に抜いていい剣でもなく、やはり稽古けいこなどには木刀があればよい。

 竹光たけみつでもいいのだが、さてと閃治郎は今の住処すみかを出た。

 そとは天高く晴れ渡っており、風も心なしか普段より暖かい。


「市を冷やかしてみるか……武具屋のある並びもあると聞いている」


 財布の中には、この国の通貨を一通り入れてもらっている。

 当然だが、死せる勇者エインヘリアルとして招かれ、閃治郎はサムライとして戦っている。勇者庁ゆうしゃちょうからは、依頼される仕事に適した報酬が支払われるのだ。

 食い扶持ぶちは自分で稼ぐ、これはどこの国でも変わらぬ大切なことである。

 だが、ふと路地をのぞめば、お馴染なじみになりつつある少女の声が響き渡った。


「ほらほらっ、そんなんじゃわたしには勝てないよっ!」

「言ったなあ、お姉ちゃん! 今すぐコテンパンにしてやるーっ!」


 子供たちが遊んでいる。

 その中に、完全に溶け込み調和している仲間の姿があった。

 セーラー服に総髪そうはつを揺らす、真琴マコトである。

 小柄な彼女は、周囲の子供に交じるといっそう幼く見えた。あどけない笑顔を今、無邪気に輝かせている。

 そして、彼女の手には例の不思議な剣がある。

 いつも真琴が背負って持ち歩く、フニャフニャとした刃のない剣だ。


「行くぞーっ!」


 真琴に対峙たいじする少年は、年の頃は十かそこらだろう。

 手にしているのは、新聞しんぶん……ようするに、瓦版かわらばんの紙を丸めたつつを握り締めている。それを剣に見立てて、威勢よく少年は地を蹴った。

 大上段に振り上げられた剣が、素直に真っ直ぐ真琴に迫る。

 だが、次の瞬間に閃治郎は感嘆かんたんの声をあげた。


「ほう……ただの女学生ではないようだな」


 真琴は難なく、兜割かぶとわりのように振り下ろされた一撃を避けた。

 それも、最小限の動きで見切っている。

 彼女がひるがえすスカートだけが、紙の棒きれをわずかに掠らせる。

 同時に、ポンッ! と気の抜けた音が響いた。

 真琴の剣が、少年の頭部を叩いたのだ。


「ちぇっ、また負けかよー!」

「動きが大雑把おおざっぱ! あと、ワンパターンだよっ。脚とか狙ったりもいいんだから、もっと身体を動かさないと」

「はいはーい! 次は僕! 僕がやるっ!」


 どうやら近所の子供たちに、随分ずいぶんと真琴はなつかれているようだ。

 閃治郎も小さい頃には経験がある。いつの世も、子供たちの遊びは変わらない。男児だんじは英雄を夢見て、お手製の剣を振るってみるものである。

 そして、閃治郎が見守る前で、次々と真琴は子供たちをやっつけていった。

 時には身を地面に沈めて伏せるように、脚をぐ。

 かと思えば、大きく一足飛びに踏み込んだりと、変幻自在へんげんじざいの剣だ。

 全くかたがない。

 どこの流派かすらもわからない、自由奔放じゆうほんぽう太刀筋たちすじだった。

 だが、感心するあまり熱心に見詰めたからか、こちらに気付いた真琴は振り返り……閃治郎を見つけた瞬間、ボフン! と真っ赤になった。


「セッ、セセ、セン! いつから見てたのっ!?」

「おはよう、真琴殿。先程からだが、見事なものだ。よく技が練られている。流派は……むしろ、しのびの技なのか? 見たことのない技ばかりだ」

「んー、まあほら。これはだから」


 スポチャン?

 聴き慣れぬ単語に、思わず閃治郎は首をひねる。


「スポチャンってのはね、セン。スポーツチャンバラのことだよっ」

「ああ、チャンバラ遊びだったか。はて? スポーツ、とは」

「スポーツってのは、えっと……競技、つまり試合形式だけのチャンバラ、かな」

「つまり、実戦で敵を斬ることはない!?」

「チャンバラ自体、遊びなんだからそうでしょ。……あ! そっか、センたちは刀を抜くって、相手を倒すことだもんね。倒すっていうか……殺す、というか」


 真琴が快活な笑顔をかげらせる。

 やはり、彼女は閃治郎は勿論もちろん、将門や足利とも違う時代の人間だ。

 彼女からは、死の雰囲気を全く感じない。そんな武士など、普通は存在しない。天下泰平てんかたいへいの江戸時代でさえ、武家の人間には張り詰めた緊張感があった。腰の剣はいつでも、幕府の敵と無礼なやからに抜かれる運命さだめにある。

 必定、物理的な嗅覚では捕らえられない、血の匂いを漂わせるものなのだ。

 だが、そうした暗い影が真琴には全くない。

 その理由が閃治郎には、ようやく理解できた。


「スポチャン、ふむ……道場剣術のようなものか」

「そそ、気楽な遊びだし、相手を怪我させないようにほら! 剣も柔らかいでしょ」

「それで……やっと合点がてんがいった! 僕は以前から、真琴殿の剣が不思議で仕方がなかったんだ」

「うんうんっ! ……ね、わたしってサムライじゃないでしょ? なーんでヴァルハランドに来ちゃったのかなーって」


 以前、真琴は平成という時代の戦争を語りかけた。

 話が中途半端になって、最後までは事情を聞けていない。だが、改めて詮索することも憚られたし、戦争は可憐かれんな少女さえも巻き込んで殺してしまう。そうならないために、新選組は戦っていたはずだ。

 閃治郎からみて遠い未来、平成……果たしてどんな戦争なのか。

 そこには、刀を手にして戦う侍はいたのだろうか?

 閃治郎たちが感じたように、剣の時代を銃が終わらせたあとかもしれない。

 そんなことに思いをせていると、羽織はおりの端をグイグイ子供たちに引っ張られた。


「にーちゃん、かたきを取ってくれよ!」

「このお姉ちゃん、おとなげねーんだよ。ぜんっ、ぜん! 勝てねーし!」

「あんちゃん、あれだろ? エインヘリアルなんだろ? 勇者庁のさー」


 言われるままに、閃治郎は丸めた紙束を受け取った。

 それは昨日の新聞らしい。ふと、記事の断片が目に留まる。

 東の村が、オークの群に襲われたとある……オークとは、いかなるバケモノであろうか。やはり、この異世界ヴァルハランドは彼岸ひがん彼方かなただが……死後の国なのだ。そして、まだまだ現世と同じ苦しみに満ちている。そう遠くない未来には、神々の黄昏ラグナロックが迫っているのだ。

 そんなことを考え、一時頭の中から追い出す。

 そうして、紙の剣をいつものように居合に構えた。


「じゃあ、セン。どこに当ててもいいからね? 当てれば勝ち、当たれば負け」

委細承知いさいしょうち……単純でいいな。それに、これは遊びなのだろう?」

「そだよ? でも、本気で遊ばないと、楽しくないよねっ!」

「当然だ。真琴、胸を借りるぞ」

「むっ、胸!? あ、いや、わたし……リシアほどじゃないし、えっと、そのぉ」

すきありっ、ゆくぞ!」

「あ、ずるいっ!」


 普段とは勝手が違うが、ヒュンと紙の太刀が風を呼ぶ。

 だが、鋭いを描いた閃治郎の一撃は、全く手応えがなかった。

 避けられたことにも、その動き自体にも驚き息を飲む。


「今のを避けるか!?」

「いつも見てるからね、センの剣! ……気付けば、いっつも、見詰みつめてる」


 真琴は、閃治郎から見て左側に回り込んで避けた。閃治郎は右利き、よって左の腰に帯刀している。そこから右腕で抜刀するのだ。

 だから、

 真琴はその流れを逆行して、死角へ回り込もうとしているのだ。


「お見事、真琴殿! ……だが、天然理心流・零式を甘く見てもらっては困る!」

「ねえ、センッ! あのさ、あの……あのさっ!」


 閃治郎は、居合の一撃を振り抜いて……普段の音速の納刀のうとうを見せなかった。

 そのまま、右側へと身をよじり、脚さばきで回転する。

 相手が死角である左側へ回ろうとも、さらなる速さで自分は右回転……円の運動は常に、起点は終点へ通じるのだ。左へ左へと回り込んでくる真琴へと、一回転した剣が襲いかかる。

 ――はず、だった。


「……なっ! ば、馬鹿な」

「エヘヘ……セン、あのさ。この勝負、負けた方が勝った方を、デッ、デデ、デー、ト……じゃなくて! か、買い物! 買い物に誘うって、どうかな」


 閃治郎の回転斬りは、むなしく空を切っていた。

 その時には、例の柔らかい剣が腹部に突きつけられている。

 身を沈めた真琴は、股割またわりの要領で完全に開脚かいきゃくし、そのまま地に腰を落として大地に密着していた。そうなるともう、小柄な彼女は地面に張り付く影のようだ。

 閃治郎は当然、負けを認めて真琴の勝利を認めるしかないのだった。

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