第12話「閃治郎、酒場ニテ大イニ飲食ス」
その男の名は、
身長
見た目の図体を裏切らぬ
彼に助けられた閃治郎たちは今、町の酒場で遅い昼食を取っていた。
「カカッ! 弁慶と申したか。
「おとと……今日はまた、一段と
「ワシは男だがのう、お
「おっと、おなごと思うたがおのこであったか。なに、構わん構わん!」
周囲の客の視線が、少し痛い。
だが、弁慶は
そして、ヴァルキリーのエルグリーズは
この店に入って一時間も経たないのに、大惨事である。
「しかし、武蔵坊弁慶殿とは」
「センジロウ様? ご存知なのですか?」
「……僕の国、
隣のリシアに、閃治郎は目の前の大男を語った。
平家物語に
だが、目の前にいるのは
とても、忠節に生きた男には見えなかった。
驚き呆れていると、マイペースで酒を飲んでいる
「私にとっても、弁慶殿は伝説の偉人。まさかかような……
「いや、足利殿……それは」
「だってほら、弁慶殿は逸話通り、仁王立ちの大往生した末に――」
その時、顔の真っ赤なエルグリーズがこちらを見た。
将門と弁慶のペースに付き合って飲んだからか、目が
「そーです! エルが発見して、連れてきたのです! そしたら、なんですかぁー? 皆さん、すっごいピンチが危ない感じだったです!」
「あ、いや、今日の仕事は……でも、エル殿のおかげで助かり申した。ですよね、リシア殿?」
「は、はいっ! やはり、エルグリーズ様は素晴らしいヴァルキリーです」
二人の言葉に、エルグリーズはにんまりと
そして、そのままヘナヘナとテーブルに突っ伏してしまった。そのまま、乙女がしてはいけない顔をさらして寝入ってしまう。どうやら既に、彼女は酒気に負けて限界のようだ。
だが、いよいよ本番とばかりに、弁慶と将門は盛り上がってゆく。
そんな二人の間に挟まれて、
真琴が皿に盛り付ければ、弁慶は
「美味いっ! いやあ、死んだと思うたが、
しみじみ話しては
その目元は、どこか寂しげに細められていた。
閃治郎には、弁慶が抱える気持ちが少しわかる気がした。この異世界ヴァルハランドは、死後の世界である。そして、招かれた者たちは皆、生前の勇気ある戦いを認められた人間なのだ。
そして、誰にでも生前の世界、死ぬ
現実世界では、自分が死んだあとも歴史となって続いているのだ。
そのことを、おずおずと真琴が口に出す。
以前、閃治郎が困らせてしまったことから、彼女が気にしてるように思えた。
「あ、あのさ……弁慶さん」
「ん? どうした
「いやあ、わたしは女の子だけど。その……あのあと、どうなったか、知りたい?」
「あのあと、とな? おお、つまり!
閃治郎は、
全く動揺した様子も見せず、酒を飲みながら弁慶は語る。
「まあ、若は……
「……誰かから、聞いてるんですか?」
「なに、拙僧は仏門にて修行を
同じ武家でありながら、貴族化していった平家は滅んだのである。そして、
だが、鎌倉殿こと
「若は派手にやりすぎたんだなあ。また、その生き様が
そう言って弁慶は立ち上がる。
どうやらかわや、お手洗いへと行くようだ。
あれだけ飲んだにもかかわらず、その足取りはしっかりしたものである。
「源氏の正当なる後継者の血以外、鎌倉殿にはない全てが若にはあった。将の
それだけ言うと、ドスドスと足音を響かせ弁慶は行ってしまった。
閃治郎は改めて、リシアに先程の言葉の意味を教える。
狡兎死して良狗烹らる。
つまり『獲物である
そう、狩りの必要がなくなれば、猟犬も不要になる。
幕府の番犬として京の都を守った新選組も、最後は賊軍として追われる身だった。兎がいなくなったのではない……主人が兎に取って代わられたのである。
「なるほどぉ、わかりました。では、ベンケイ様もサムライの
「
「あとでお話してみましょう。それより」
「それより?」
気付けば、不思議とリシアの顔が近い。
隣に座った彼女は、いつになく熱っぽい視線で見上げてくるのだ。
思わずドキリとしたが、彼女も少し酒を飲んでいるらしい。ほんのりと白い顔に赤みが差して、
だが、彼女はついと閃治郎の後ろを指差す。
「そのぉ、彼女と……マコト様と、よくお話して、くださいっ」
「……へ? あ、ああ、その、なんだ」
「あの時、迷わずセンジロウ様は飛び降りました。マコト様を守るために……その、そういう意味なのかな、って……とにかくっ、先日の件ですっ。ちゃんとお話を!」
「わ、わかった! すまない、そうだった!」
ちらりと見やれば、ちょうどこちらを見ていた真琴と目が合った。
不思議と、どちらからともなく視線を外してしまう。
なんと声をかけていいか、わからない。
だが、いつぞやの非礼も
そうこうしていると、おずおずと真琴はこちらのテーブルへとやってきた。
「あの、さ……セン」
「待て、真琴殿。僕から先に謝るのが
「あ、いや、それは」
「先日は済まなかった。乙女の柔肌を前に、取り乱してしまった! あ、いや、違うぞ? 真琴殿の裸に動揺した訳ではなく……その、トシさんや新選組の結末を、知ってるのではと、思うと」
「あっ、ちょっとそれムカツク! ……けど、うん」
自分は、先程の弁慶のように
今も、仲間たちのことが気にならないと言えば嘘になる。
だが、それを目の前の少女に
もし、真実が最悪の結末だった時……閃治郎は耐える自信がない。
それに、真琴に非がないとわかっていても、彼女を責めてしまいそうだ。
「そ、それよりさ、セン」
「ん、なんだ」
「さっきは、ありがと。わたしのこと、助けてくれたんだよね?」
「当然だ。同じサムライの仲間だからな……僕も、援護には感謝している。だが、危ないことはこれっきりにしてくれよ? 正直、寿命が縮む思いだった」
「う、うん」
なんか、先程から足利とリシアの視線が
ニマニマと二人は、目を細めては酒を飲んでいた。
「あのねっ、セン! ……わたし、本当は……サムライじゃ、ないんだ。その、んと……戦争に、負けたんだけどね。その、平成って世の中で」
「なに、僕だって武家の血筋ではない。元は商家の息子だ。……僕たちサムライは、新たなこの世界で、武士道を貫き民を守る、そういう仲間の集まりでいいんだ」
「そ、そうかな。まあ、詳しくわたしのことを話すと――」
そこまで真琴が話しかけた、その時だった。
将門の驚いた声が響き渡る。
振り返れば、弁慶は既に自慢の
「なんじゃ、つれないのぅ……ワシらとはこないのかや? 衣食住、不自由がない暮らしじゃぞ? それに、これから面白くなる。ワシが面白くするんじゃ」
「かの将門公に言われると、魅力的なんだがねえ。俺はまず、若様を探すとしよう。なに、
「そうか……まあよい、なにかあらばワシらを頼れ。ほれ、あそこの
弁慶は大きく頷くと、こちらに向けて頭を下げた。
閃治郎もまた立ち上がると、礼を返して大きな背中を見送る。
弁慶とは、また出会える予感があった。
だが、以前から将門の言動が気になる……一人で酒を飲み直し始めた彼は、いつになく野心にギラついた瞳を輝かせているのだった。
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