第11話「閃治郎、激戦ノ中デ破戒僧ト邂逅ス」

 あれから閃治郎センジロウは、真琴マコトとまともに言葉を交わしていなかった。

 今日ですでに三日……日増しに、謝らねばならぬという気持ちだけがせいてれる。だが、声をかけるといつも間が悪く、時には真琴が逃げるように会話を避けてくるのだ。

 だが、そんな日々でもサムライとして、エインヘリアルとしての仕事は続く。


「ふむ、居合いあいとかいう抜刀術ばっとうじゅつだったか? なに、ワシとてそれくらいは……オオオッ!」


 空の只中で、将門マサカドえる。

 今、閃治郎たちは王都ヴォータンハイムをおびやかす魔獣と対峙たいじしていた。奇っ怪なことに、翼を持った猛禽獣もうきんじゅうとでも言うべき獅子ししが飛んでいる。

 グリフォンという魔獣らしいが、京の都で何度か見たぬえとは似ていて少し違うようだ。

 高い塔の屋根から屋根へ、蒼穹そうきゅうでの戦いが続く。


「将門殿! もしや、その構え」

「おうてばよ! 見ておれ、センッ! リシアにのう、お主の剣技を教えてもろうたぞ。不思議と頭の中に、一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが伝わってきたわ! カカカッ!」


 不敵に笑う将門が、ガシャリと大鎧おおよろいを鳴らして身を沈める。

 腰の刀に手をえ、己の肉体そのものを弓のようにしならせた。そう、一撃必殺の居合は、言うなれば放たれる矢だ。神速の斬撃は、閃治郎ならば真空の刃を飛ばすことすら可能にする。

 だが、それを心得のない将門が?

 にわかには信じがたいが、彼は自信満々だ。


「確か、こうよな……ふむ! ならば、鵺もどきよ! 消し飛ぶがよいわ!」


 勢いよく全力で、将門が剣を抜き放つ。

 その剣閃は太陽の光を拾って、まばゆく輝く一撃となった。

 だが、狙われたグリフォンは、衝撃波を喰らってのたうち落ちてくる。

 閃治郎のような斬れ味は、ない。

 鈍器どんきで殴られたように昏倒こんとうしながら、グリフォンは手近な塔の屋根にドサリと落ちた。すかさず控えていた足利アシカガが、弓矢を使ってトドメを放つ。

 脳天を撃ち抜かれて絶命したのが、まず一匹。

 しかし、空にはまだ多くのグリフォンが舞っていた。


「むう、おかしいのう! センのようにスパッと斬れなんだ」

「将門殿、僭越せんえつながら……ただの馬鹿力では、斬れるものも斬れないのでは」

「はっはっは、そうめるな! 照れるではないか」

「……褒めて、ないですけどね」


 だが、何たる膂力りょりょく……恐るべき胆力たんりょく

 閃治郎の居合が剃刀カミソリの斬れ味ならば、将門のそれはおのの破壊力だ。持てる力をそのままぶつけられて、グリフォンは全身の肉と骨とを砕かれてしまったのだ。

 理由は二つ……まずは、巫女みこたるリシアの魔法で得た、閃治郎のスキルが身体に馴染なじんでいないのだろう。それも当然だ、いかな魔法が便利とはいえ、そう簡単にホイホイ技を体得されてはかなわない。

 もう一つは、剣……


「将門殿。その刀は、貴殿の時代の」

「おうてばよ! ま、まあ、なんだ……ワシがその、ほれ、ドワーフとかいう刀鍛冶かたなかじたせたものじゃ。斬れ味や使い勝手は、すこぶるよい」

「え、ええ……でも、居合の技には向いてないかと。りが強いし、形も随分と違う。なにより、やや刃渡りが長いのでは」

「そういうものなのかや?」


 一口に日本刀と言っても、時代によって様々である。

 将門の持つ刀は、最初期のもので、まさに日本刀の黎明期れいめいきを支えたものである。古来よりの直刀ちょくとうではなく、武家文化の発達と共に実戦的になったいくさの剣だ。

 そして、すぐ背後の屋根に立つ足利の剣は、その直系の子孫にあたる。

 閃治郎の剣は天下泰平てんかたいへいの時代を挟んでいるが、斬れ味や耐久力は抜群だ。幕末には、いわゆる江戸時代の打刀うちがたなよりも、村正むらまさ兼定かねさだ虎徹こてつといった昔の刀が求められた。装飾品としての打刀より、あくまでも人を斬る武器としての日本刀を誰もが求めたのである。


「僕のこの剣は、ちょっと特殊なんですが……将門様の太刀たちはいささか長過ぎます」

「ふむ……そうかのう。まあ、ワシにはこれがしっくりくるんじゃが。っと!」

「次が来ますっ! 僕の真似事まねごともいいですが、将門様は御身おんみの力と技を!」

「ハッ! 抜かしおる!」


 あっという間に次のグリフォンが襲ってきた。

 ちらりと見れば、足利も別の個体と戦闘中である。

 瞬時に閃治郎は、赤茶色あかちゃいろの屋根を転がりながら体勢を立て直す。

 一秒前に自分がいた場所で、鋭い爪の一撃が屋根瓦やねがわらを木っ端微塵にしていた。


「しからば受けよ、猛虎もうこの一撃……奥義っ! 白虎爪衝破びゃっこそうしょうはッ!」


 鞘から抜き放たれる白刃はくじんが、荒ぶる虎の爪と化す。

 下段からの払い打ち、それも五連撃だ。

 あっという間に、翼を切り裂かれたグリフォンが重力につかまる。落下し始めたその巨体を、将門が鋭い一突きで塔の壁にはりつけにした。

 巨牛もかくやという死骸を、一発で貫いてしまう。

 やはり、日ノ本に名をとどろかせたもののふ、さぶらいの力は閃治郎も舌を巻くしかない。

 そして、真剣味を帯びた声が凛々りりしく叫ばれた。


「まーくんっ! あっちゃん! あと……セ、センッ! 周囲の雑魚ざこより、親玉を倒して! グリフォンは一匹、その回りは全部、!」


 振り返れば、真琴とリシアが出窓から顔を出していた。

 思わず閃治郎は、声を荒げてしまう。


「マコト殿っ! 下がっていてもらおうか! 危険だ!」

「センッ! そういう言い方って……あーもぉ! とにかくっ、グリフォン本体をたたかないと! 親が全部の子を統率とうそつしてるの!」

「そんなことはわかっている!」


 しまった、と内心で舌打したうちがこぼれる。

 どうして苛立いらだちをそのまま、言葉にしてぶつけてしまうのだろう。

 時として、人の言葉は刃よりも鋭い。

 血も流さずに相手を斬り捨てることができるのだ。

 とにかく、今度こそ……これが終わったら、今度こそ話をしよう。あの風呂場での出来事も謝りたいし、自分たちの結末をねだったことをわびたい。

 そのためにも、今は目の前の魔物を倒すことが先決だった。


「足利殿っ! 弓での援護を頼みます! 僕がっ、切り込む!」


 真琴の言う通り、群の中に一際巨大な猛禽獣が羽撃はばたいている。

 恐らく、あれが親のグリフォンだ。

 周囲の魔獣は、その子供という訳だ。

 縮地の極意を総動員して、閃治郎は屋根を蹴った。高く高く跳躍しつつ、さやの中の刃を引き絞る。

 だが、グリフォンは放たれた抜刀術を難なく避けた。


「クッ、速いっ!? 他の奴等とは別格か!」


 瞬時に閃治郎は、再び鞘へと剣を戻す。

 同時に、不安定な空中で全身を使って、降りるべき足場を目指した。

 だが、視界の隅で驚愕きょうがくの光景が流れてゆく。

 窓から飛び出た真琴が、例のふわふわな剣を手になにかを構えていた。そう、剣を持つ右手とは逆の手に、拾った煉瓦れんがの欠片を握っている。


「危ない、センッ! このっ、ひるませるくらいなら……スポチャン根性こんじょうっ! 異世界っ、ホーム、ランッ!」


 真琴は、宙へと放った煉瓦を、振り抜く剣で飛ばしてきた。

 それは、閃治郎の向かう先へと吸い込まれる。

 そして、先回りしていたヒポグリフの脳天へと直撃した。

 閃治郎はグリフォンに攻撃を避けられたばかりか、その動きを先読みされていたのだ。真琴の機転で着地した閃治郎は、すぐに目を回したヒポグリフを一閃する。


「かたじけない、真琴殿っ!」

「いーって、結果オーライッ! わたしだって、みんなと一緒に戦ってるんだから!」

「……ああ、そうだな。真琴殿、この戦いが終わっ――!? マコト殿っ!」


 その時、閃治郎は見た。

 ガッツポーズで笑う真琴を、先程のグリフォンが襲った。

 小さく細い身体が宙を舞う。

 くちばしの一撃を避けた身体は、宙へと放り出された。

 無数の塔が屹立きつりつする、ここは空の戦場。

 真っ逆さまに、真琴は落下し始めた。


「真琴殿っ! 駄目だ、駄目だ駄目だ、駄目だっ! 僕は……僕がマコトを守らねば!」


 瞬時に、閃治郎は跳躍していた。

 空を舞う先に、足場はない。

 だが、襲ってくるヒポグリフの一匹を、瞬時に居合で斬り伏せる。

 その反動で浮かび上がるや、塔の外壁へと着地……そのまま、坂を駆け下りるように走り出した。

 あっという間に、落ちる真琴に追いつく。

 飛びついて抱き締め、かばうようにして胸の中に閉じ込めた。

 この高さ、落ちれば助かるとは思えない。だが、真琴だけでもと思って閃治郎は目を見開く。死ぬその瞬間まで、自分は新選組の一員だ。ならば、女子供を守って死ぬこともまた、武士道……己の最後を、新選組零番隊組長しんせんぐみゼロばんたいくみちょうとして見定みさだめ、見届みとどけるつもりだった。

 声が降ってきたのは、覚悟が定まった直後だった。


「あーっ、マコトちゃん! あぶなーいっ! こうなったらエルが、ええーいっ!」

「おっと、お嬢ちゃん……俺を忘れてくれるなよ? ヘヘッ、なら……そのバケモンは、拙僧せっそうがいただくとするぜぇ!」


 緊張感のない少女の声と、けもの咆哮ほうこうにも似た男の声だった。

 それで、閃治郎は気付いた。

 落下する自分たちを狙って、グリフォンが急降下していた。上からられる矢は、将門や足利だろう。だが、巨体の割にグリフォンは機敏な動きを見せた。


「っ……南無三なむさんッ!」

「神仏になんぞ祈るな、小僧っ! 諦めたら、それで仕舞しまいよ!」

「なにっ!? 坊主がそれを言うのか!?」

「御仏は皆、足掻いて藻掻くものにこそ力をもたらす……そうら!」


 空中で閃治郎は、ヴァルキリーのエルグリーズに真琴ごと抱きとめられた。

 そして、地上へとゆっくり降りながら見た。

 空中でグリフォンが、絶叫と共に真っ二つになる。

 見るもたくましい巨漢が、手にした薙刀なぎなたを振るったのだ。その姿は、僧兵そうへいのようだ。だが、髭面ひげづらの男は瞳に野生をギラつかせながら、意外な俊敏性で屋根へと着地する。

 それが、閃治郎たちと新たな来訪者……武蔵坊弁慶ムサシボウベンケイとの出会いだった。

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