第10話「閃治郎、迷イヲ今ハ封ジテ再起ス」
ああ、あの時と同じだ……
結果、瀕死の重傷を負い……このヴァルハランドへと新たな生を受けた。
その
(でも、なんだ……? ここは、僕は……む、あれは!)
ぼんやりと、闇に星が浮かび上がる。
京の
闇夜の中で光って、燃えている。
まるで、死体から浮かぶ
そして、その揺らいでいる明かりが、戦いの光だと気付く。
(これは……そういえば確か、
その城の名は確か、
忠義と狂気の果てに夢見た夢が、夢のままで燃え尽きる場所だ。
自然とそれが、閃治郎には理解できた。
頭ではなく、心で感じてしまったのだ。
そして、彼の
彼の目の前に、洋装の軍服を着たサムライがいた。
(……トシさん。トシさんっ! 僕です、閃治郎です! そうか……トシさんは蝦夷まで)
だが、馬に乗った歳三は、
あたかも、この場に閃治郎などいないかのように、去っていった。
その背を追いかけようにも、脚が動かない。
だが、閃治郎は見た。
去ってゆく背中には、黒い
闇に包まれた幻影の中で、その一文字だけが赤く輝いている。
血の色、誓いの色、そして決意の色だ。
(トシさん、出陣するんだ……なら、勝つっ! トシさんは、新選組は負けないっ! トシさん、僕も――)
見送る者たちは、古くからの新選組隊士だ。
顔見知りばかりだった。
皆、
だが、前を向いていた。
彼等の心にはまだ、誠の旗が
(トシさん、僕も連れて行ってくださいよ! 僕は……「僕だって新選組だ!) トシさん……
不意に目が覚めた。
そして、何度も
「センジロウ様、気が付かれましたか? あの、ごめんなさい……お風呂、で」
「あ、ああ……あなたか、リシア殿」
気付けば、閃治郎はリシアに
場所は塔の屋上で、ここは庭園になっている。
ぼんやりとした視界が徐々に、鮮明になってゆく。
リシアは部屋着も酷く薄着で、闇夜に
心地よい夜風の中で、閃治郎はゆっくりと上体を起こす。
「め、面倒をかけた、すまない。それと……決して、
思わず早口になってしまったが、きょとんとしたリシアが吹き出す。
笑顔の彼女は、とても
ヴァルハランドの夜は冷えるが、不思議とこの庭園は温かな空気で
「ふふ、大丈夫ですよ、センジロウ様。全て、マサカド様が教えてくださいました」
「あ……いや、そうなんだ! 酷いことをするな、
「でも……ドキドキしました。それとっ、センジロウ様っ!」
不意に、グイとリシアが身を乗り出してきた。
間近に整った顔立ちがあって、吐息を肌で感じる距離だった。
思わず仰け反る閃治郎へと、リシアは人差し指を立てて語気を強める。
「マコト様に、謝っておいてくださいね? 女の子は、とても繊細なんです」
「あ、ああ……わかった。すぐにでも、いや……あ、明日にでも」
「なるべく早い内に、ですっ。少し、マコト様も気にされてましたから」
「いや、すまない! 本当に
先程、思わず閃治郎は真琴に詰め寄ってしまった。
彼女が、同じ日本人ながら『未来の日本』から来たと知ったからだ。その未来は、明治政府と名乗る
それより、知りたかった……仲間の、副長の安否を。
だが、先程の夢を見て確信した。
否、信じ続けた気持ちを取り戻した。
戦えば、勝つ……それが土方歳三が率いる新選組なのだ。
閃治郎が
「でも、よかった……マコト様はグーで殴るんですもの。びっくりしちゃいました。でも……ああいう気の強い女性の方が、その……
その横顔が、えもいわれぬ美しさで風に吹かれている。サラサラと金髪が揺れて、長く
妖魔や悪霊の
時折、ぞっとする美しさに
そうした妖しげな魅力にも思えて、そうしたおぞましさとは無縁な温かさをも感じる。本当にリシアは、不思議な少女だった。
そうこうしていると、階段を誰かが登ってくる音が聴こえた。
「やあ、センちゃん。目が覚めたかい? 若い君のことだから、リシアちゃんとなにかあったかな?」
食器の並んだおぼんを手に、
いつもの
だが、彼は気にした様子が全くない。
「なっ……足利殿! なにもありません、してなど決して!」
「なーんだ、そうなの? ふーん、ガッカリだよねえ。なにかありなさいよ、しなさいよ。若いのにしょうがない子だ、ははは」
どうやら足利は、夕食を運んできてくれたらしい。
大きな深皿には、
「ささ、食べなさいよ。少年、サムライは身体が資本だからねえ。リシアちゃんはお茶ね、はいこれ。私は……ふふ、寝酒に少しこれを」
リシアにも
とても、
そのことを思えば、すぐに閃治郎は先程のことに繋げて考えてしまった。
「……足利殿」
「ほいほい。あ、口に合わない? まーくんが聞いたら
「いえ、
「オッケーだよん?」
ノリが軽い。
どこか
それでも、聞く側の閃治郎にとっては死活問題だ。
「マコト殿は、未来の
「モチのロン、さ! ……まあ、最初は驚いたがね」
「僕も、足利殿から見れば未来の人間にあたります……その、自分や室町幕府の行く
「んー、まあ……普通は知りたいと思うんだよねえ、それって」
グビリ、と麦酒を飲んで、足利は天を仰いだ。
満天の星空が、ゆるゆるなのにどこか憎めない
「私、記憶喪失なんだよねえ。アシカガのナニガシなんだろうけど、それがわからない」
「それは……ッ! し、失礼を!」
「いいよいいよー、そういうのさあ、なしにしよーよ。ねえ? でね、センちゃん。私もヴァルハランドに来た時は、結構あれこれ調べたんだよねえ。マコトちゃんも、銀閣寺とか金閣寺とか、色々教えてくれたし……でも、なにも思い出せなかったヨ」
足利の表情は、どこか寂しそうにも見える。
それなのに、形ばかりは笑顔の仮面を被っていた。
「ねえ、センちゃん。私たちが死んだあとのこと、気になるかい?」
「ええ、とても。大事な仲間が……大切な人が、今も戦っているんです」
「あ、コレ? ひょっとしてコレ系?」
足利が小指を立てるが、閃治郎は彼が
一方で、何故かリシアがパッと笑顔でガッツポーズをしている。
「センちゃん、いいこと教えてあげようか……昔の偉い人は言ったさ。『想う人あらば、何食わぬ顔で普通に暮らせ。それこそが最大の敬意なり』ってね」
「……して、その心は」
「いやいや、トンチじゃないから。君が誰か、遠く離れて手の届かない者を想うなら……その人のために、今という現実を普通に、
「なんと! た、確かに……して、誰の言葉でしょうか、足利殿」
「フッフッフ……それは、私、さぁ! ……あ、あれ? ここ、笑うとこだけど」
遠く離れた人を想うからこそ、普通に今を生きる……素晴らしい言葉だと素直に思った。
そして、何故かリシアはその間ずっと、お腹を抑えてコロコロと愛らしい笑い声を響かせている。どうやらリシアは、笑いの沸点が物凄く低いらしかった。
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