第25話「閃治郎、弁慶ノ立チ往生ニ困惑ス」
だが、それが違うと今は肌で感じられる。
義経は、罠に入っても
その理由である巨漢の守護神が、
「閃治郎殿っ! この
祭と同時に開催された、
弁慶は今、義経へと駆け寄ろうとした閃治郎の
「弁慶殿っ! 道を
「されど、主君は主君、我が主君!
「ッ……貴殿の忠義、見事っ! しかしながら、道理もなく、正義もなし!」
「なくば作ろう! 作り上げよう! あらゆる全ては、勝者が世に残すものなり!」
ブン! と巨大な刃が
ギリギリで避けた閃治郎に対して、弁慶は最後薙刀を振り上げた。
見れば、全く隙は見当たらない。
目の前に今、完全無欠の
それでも閃治郎は、居合の呼吸の合間に声を叫ぶ。
「この世になきものを作る、それは《えがた》得難い忠節! しかし……
閃治郎の放つ居合が、弁慶の薙刀を弾き返す。
実力は互角、に見える。
だが、完全に守りに入った弁慶の太刀筋は、用意に崩せるものではない。戦場においては、地理的な有利を得た守りに対して、攻め手は何倍もの力を要求されるのだ。
自然と閃治郎も、弁慶を抜けぬ焦りに心がざわめく。
ひとたび守勢に転じて守りを固めた弁慶は、まさに人の姿をした城だった。
そして、その奥で義経と足利の戦いは白熱してゆく。
「へえ? 将軍?
「そうだよー? 君のお兄さん、
「……ッ! 不愉快ですね」
「あら、そぉ? ……なら、斬るかい? 今まで惨殺してきた、罪なき者たちのように」
弁慶と対峙しつつも、閃治郎は見た。
義経は明らかに、
「ここは私と一対一、一騎討ち……どうだい? 義経君」
「いいでしょう。私も全身全霊をもって、お相手させていただきます」
「ありがとねん? でも、信用してないから……君は常に、常道を脱する。私たち武士、侍のなんたるかを無視し、踏みにじり、ないがしろにする。違うかい?」
「……当然です。己に
意外なことに、義経が
閃治郎にはそれが、酷く苦しげで悲しい顔に見えた。
ほんの一瞬、僅かな間だったが、義経は足利の言葉を肯定した。
だが、それもほんの少しだった。
義経は普段通りの
「じゃあ、始めましょうか……兄と同じ将軍。ああ、それはいい、とてもいい。殺そうと思える気持ちがっ! こんなにも、
「おおっと、怖いね……だが、ここで終わりにするよん?」
「ほざけっ! 私は戦い、戦い続けて、戦い抜ける……戦いで自分を埋め尽くす! それが満たされるということなんですよ!」
義経の姿が、消えた。
弁慶と戦う中、閃治郎には消えたように見えた。
だが、違った。
義経は抜き放った太刀を、全力で足利に叩き付けていた。その速さ、鋭さが閃治郎の目を置き去りにしたのだ。
足利はさして驚いた様子もなく、腰の剣を抜いて
静と動、対局にある二人の激突は、パニックに陥った誰も彼もを振り返らせる。民は皆、この恐慌状態の中で、ぶつかり合う究極の力と技に言葉を失っていた。
足利の
足利と義経、二人は刃を交える中で周囲の空気を凍らせてゆく。あまりにも強い侍同士の戦いは、自然と見る者たちに恐怖も避難も忘れさせていた。
「やるじゃなーい、義経君。
「ふふ、軽口を叩くこの余裕……征夷大将軍なればこその
「いやいや、そんなことないよーん? ギリギリ限界、フルパワーなんですけど」
「ほう? それは手応えのない……ならば、死ねっ! 兄上と同じ将軍なぞ、死に
僅かに足利が押されているように見える。
だが、閃治郎は目の前の弁慶だけで手一杯だ。一瞬でも気を抜けば、たちまち閃治郎の首は胴体とおさらばである。さりとて、無理を押しても勝てる相手ではない。
目の前の弁慶が今、閃治郎には
だが、勝てぬから立ち向かわないという論理は、閃治郎には存在しない。
「押し通るっ! 弁慶殿っ、僕は、僕には! 貴方と戦う理由があるっ!」
「よう言うた! それでこそ新選組零番隊の勇士よ!」
「なっ……何故それを、貴方が。まさか、例の海軍提督の死に、貴方も関わっているのか」
「日ノ本一の侍よ、日ノ本最後の侍よ! さあ、かかってくるがいい!」
自分の出自を弁慶が知っていることに、閃治郎は動揺した。だが、瞬時に気持ちを切り替える。動揺に揺れて緩む自分を、
だが、弁慶の太刀筋は言葉の何倍も雄弁だった。
居合の術は一撃必殺、一度抜き放てば相手は無残に崩れ落ちる。逆を言えば、必殺の一撃を放つまでの間合いとタイミング、なによろ相手の攻撃に漬け込む必要がある。
それを乗り越え剣が
だが、閃治郎は初めて経験していた。
勝利への方程式が読めぬ、どこまでも続く刃と刃のぶつかり合いを。
ここまで同等の武人と、閃治郎は初めて
「閃治郎っ! 我が乱撃、さばききれぬ、避けきれぬっ!」
「そんなことはっ!」
「では何故、貴殿の呼吸は乱れている? 抜き放つ居合は我に届かぬ? 答えは自ずと知れよう!
「知った風な口を!」
だが、事実だった。
東西南北を守る四神、四体の幻獣の力を宿した奥義が弾かれた。青龍、玄武、朱雀、そして白虎……
驚きに動揺しながらも、油断なく閃治郎は剣を鞘へと戻して身構える。
居合の太刀筋を読まれても、その更に裏、そして裏の裏を狙う。
ここで負けるものかと思えたし、負けてはならないと感じた。
負けてでも掴みたい明日が、閃治郎にはおぼろげながら見えていた。
「閃治郎とやら! 先日の一件もある、お主を斬りたくはない。せめて、お主が――」
「言葉は無用! 遠慮も無用にございますれば! 我らは互いに、主君や信念のために、刃を手に取り力を振るう! なれば、そこにやはり言葉は無用!」
「で、あったな。だが、拙僧は……俺は、ここでは死ねん。心せよ、我が
閃治郎は戦いの緊張感に焦れた。
弁慶が立ち塞がる向こうでは、今まさに足利が義経と戦おうとしてる。義経は、人のソウルアーツを奪い取る力を持っている。それこそが恐らく、彼のソウルアーツなのだろう。
だが、それに対して足利はあまりにも無防備に見えたのだった。
だが、すぐに閃治郎は己の認識を改める光景を目にする。
足利は両手を広げて、声高に己の力を叫んだ。
「では、行くよ……我がソウルアーツ! 『
周囲の空気が一変するのを、閃治郎も感じ取った。
そして、舞台の中央に一本の太刀が浮かび上がる。そこに
すかさず義経が、地を蹴り舞台の上を疾駆する。
「足利将軍っ! それが貴方のソウルアーツか……貰い受けます!」
舞台の床より生えてきた太刀の、その
だが、抜けない……根を張り巡らせた樹木のように、ピクリともしない。そして、そんな義経を囲むように、数え切れぬ数の太刀が発芽した。まるで、春の朝を迎える植物のように、次々と剣があちことに生えた。その数は百をくだらず、無限に増え続ける。
「これぞ、『
義経は、手にした太刀を床から引き抜こうとしている。
だが、彼の握る剣はびくともしない。
そして、駆け出す足利は難なく周囲の剣を抜いて手に取る。さながら、
あっという間に義経は破壊の激震に飲み込まれてゆく。
舞台すら破壊しながら、あっと今に
足利は並ぶ剣の数だけ、義経を容赦なく斬り刻んで、沈黙させたのだった。
「ふう、まあ……こんなものでしょう。されど、油断めさるな。この地にエインヘリアルとして招かれながら、座につくことを拒んだ者……なにもかもが前例のないことです。殺すつもりで戦いましたが、もし生きてるのなら――」
だが、足利の心配を他所に義経は立ち上がった。その側に、閃治郎を蹴飛ばすなり弁慶が駆け寄る。
そしてその時、閃治郎は耳を疑うような言葉に絶句した。
「あいたた……やられたなあ。でも、今の一撃で殺せなかったね? なら、私は足利とやらのソウルアーツを
「しかし、
「おやおや、なにを言うんですか……弁慶。貴方は源氏の
それだけ言うと、義経の姿は消えた。
空中で義経は、将門から奪った力で軍馬を呼ぶと、それに
そして……追おうとした足利は、空への道を塞ぐ弁慶の刃によって、引き下がる。間一髪で避けたと思われた足利は、次の瞬間には血を吐いて倒れた。
立ち去る弁慶の最後の一撃は、狙い違わず足利に深い一撃を刻んでいたのだった。
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