第8話「閃治郎、西部ノ拳銃使イト対峙スル」
通りを挟んで、緊張感が満ちる。
青年もまた、フンと鼻を鳴らして眼光を跳ね返してくる。
二人を結ぶ視線と視線が、一本に
敏感に察した大勢の民が、足を止めて二人の間を横切るのを避けた。自然と場が開けて、閃治郎は一歩踏み出す。青年もまた、名乗りならが近寄ってきた。
「オイラの名は、ビリー! ビリー・ザ・キッドってんだ。あんたは?」
「
「センジロウ……けったいな名だな。抜きな」
チャキ、と小さく拳銃が鳴る。
だが、閃治郎は
「僕は
「さもなくばぁ?」
「斬る」
「そこからか? その距離から! ハッ、おもしれえ! いいから抜きなよ!」
「抜いたが最後、血を見るぞ。もう一度言う……僕はお前を捉えている」
本気の殺気が伝わったのか、ビリーはピクリと
そして、不快な笑みを表情から
彼はそのまま拳銃をクルクル回すと、腰のホルスターへと戻す。
「いいぜ、サムライボーイ……あんたが抜かねえってんなら、ここは一つ早撃ち勝負といこうぜ」
どよめく周囲が静かになる。
閃治郎の集中力は、自然と周囲の騒がしさを遠ざけていった。
すぐ隣にいる
やがて、風の音だけしかない世界に二人は立っていた。
「――っしゃあ! 喰らって寝てろぉ!」
「――セイハァ!
二人は同時に抜いた。
ビリーの手は銃を抜くなり、複数の発砲音を一つに連ねて放つ。
閃治郎は弾道を見切って、迫り来る弾丸を全て叩き落とした。
見るものの目にも留まらぬ、音速の決闘。
再び閃治郎が
硝煙をくゆらす銃口を向けたまま、ビリーも動かない。
「へへ、まさか弾を全部叩き落とすたぁな。やるじゃねえか、サムライボーイ」
「一瞬で五発、いや……六発もの弾丸を。恐るべき
「で、どうする? オイラは弾切れだ。今なら斬れるぜ?」
「決着は不要、一言詫てもらえればよし、さもなくば」
「さもなくば?」
「次の弾を込めてもらうことになる。その時こそ、お前は真っ二つ……既に間合いは見切った」
「言うねぇ……さてさて、と」
見切った、確かに閃治郎はそう言った。
それは嘘ではない。
だが、正確でもなかった。
先程、ビリーは一瞬で六発の弾丸を撃ち込んできた。その弾道は、正確に閃治郎の急所を狙ってきたのだ。だからこそ、殺気を放つ弾丸を叩き落とせた。
次はきっと、
ビリーとの距離は、
先程の攻撃は見きったが、正直防ぐので手一杯だった。
「んじゃま、リロードがてら面白え話をしてやるよ。お人好しなサムライボーイ」
ビリーは連れの老紳士が近寄ろうとすると、黙って手で制する。
そして、拳銃から弾倉を押し出し、
一発一発を
その間に、彼は
「オイラたちはこの世界じゃ……ヴァルハランドじゃ、ガンナーと呼ばれてる」
「ガンナー……確か、
「そうだ。だが、オイラたちも割と
「それはこちらも同じこと。だが、
「はいそうですか、って訳にはいかねえよ。くだらねえことかもしれねぇが、こっちも
そう言って、再びビリーは銃を構えた。
今度は真っ直ぐ、銃口を突きつけてくる。
先程とはまるで別人だ……全身から放たれる闘気が、閃治郎の肌をひりつかせる。
ちらりとビリーは、閃治郎の隣の真琴を見た。
「お嬢ちゃん、さっきは悪かったな。かわいい
「あ、えと……わたしは、別に。いやあ、かわいいなんて……エヘヘ」
しきりに照れて、真琴はだらしない顔になる。
ビリーを斬る理由はなくなった。
だが、彼が口にした興奮を、気付けば閃治郎も感じていた。
京の
だが、両方とも目の前のビリーとは無縁の話だ。
そして、完全に銃を使いこなす男、ガンナーとの戦いに胸が
全身の血が
「悪いがこのまま撃たせてもらうぜ? 手加減はなしだ」
「……来い」
ビリーの親指が、撃鉄を引き上げる。
だが、次の瞬間……信じられないことが起こった。
突然、ビリーは拳銃を落としたのだ。
そのまま手首を押さえながら、彼は周囲へと視線を放つ。
「誰だっ! いいとこを邪魔しやがって……出てきやがれっ!」
驚きに閃治郎も、ビリーの眼差しを目で追う。
水入りとなるには惜しい勝負だったが、これ以上は興ざめである。なにより、血なまぐさい決闘騒ぎで、往来を占領していい理由などない。
ビリーは、先程の真琴への非礼を詫てくれた。
なにより、銃を落とした彼を斬っても、閃治郎の気持ちは決して晴れない。
剣の
「ふむ、ここまでか。しかし……これは!?」
ビリーの落とした拳銃を見て、
初めて見るタイプの銃だが、中央に弾丸を抱いて回転するシリンダーがある。いわゆるリボルバータイプで、副長の
その銃口に、矢が刺さっていた。
遠くから弓で、発射寸前の銃口を射抜いた者がいるのだ。
ビリーは銃を拾って、矢を引っこ抜く。
「おう、
自然と周囲の人混みが左右に割れた。
そして、大弓を持った美女が現れた。
着流しをしどけなく着込んだ、
「カカカッ、元気な小僧じゃのう。それに、よく見ればかあいらしいではないか。ええ? 舐めてほしいなら、考えてやらんでもないぞ?」
「……っ! 悪ぃがオイラは、おっかねえ女は趣味じゃねえんだ」
「
先程の矢を射たのは、将門だ。
どれほどの距離かは、わからない。閃治郎ほどの腕を持つ男でも、彼女の気配を読み取ることは難しいのだ。
将門は白い顔に薄い笑みを浮かべている。
ぞっとする程に美しく、ビリーが言うように恐ろしい。
そうこうしていると、ビリーの連れがパンパンと手を叩いた。
「そこまでだ。この
「でも、ヘイヘの
「血気盛んなのは結構なことだがな、ビリー。ガンナーは姿を
「オイラは旦那とは違う、それじゃあ決闘とは呼べねえよ!」
「……まあ、いい。私からも連れの無礼を詫びさせてもらう。このへんでお開き、手打ちとしたいが……どうかね?」
肩を長銃でトントンと叩きながら、髭の紳士が問いかけてくる。
その声は穏やかだが、否定も無視も許されない強さがあった。有無を言わさぬとはこのことである。閃治郎も異論はなかったが、渋る様を見せればどうなるかはわからない。
この初老の紳士は、明らかにビリーより数段強い。
そしてそれは、将門にも伝わったようだ。
二人のガンナーは、周囲がざわつく中で去っていった。
「よしよし、まずまずじゃのう。どうじゃ、セン。あれが
「ええ」
「
にんまり笑う将門は、とても無邪気で幼く見えた。
だが、その切れ長の目の奥で、瞳はギラついた光を灯している。
底知れぬ奈落のように、暗い炎が燃えているようだ。
「なにはともあれ、将門殿。ご加勢、かたじけない」
「なに、ワシも一仕事終えてきたが……そちらも片付いたようじゃな」
とりあえず、拠点にして自宅へと戻ることになって、真琴が売上を革袋の中にしまう。僅かに残った薬瓶を一つの木箱にまとめ、それを閃治郎は両手で抱えた。
だが、今になって手が震えてくる……まかり間違えば、心の臓を撃ち抜かれていた。
本気になったビリーの迫力は、彼が
そのことを正直に言葉にしたら、にんまり笑って将門は背中をバシバシ叩いてくる。彼女は、それはそれは楽しそうに「次はワシがやる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます