第8話「閃治郎、西部ノ拳銃使イト対峙スル」

 通りを挟んで、緊張感が満ちる。

 閃治郎センジロウは、にやけた顔で拳銃をもてあそぶ青年をにらんだ。

 青年もまた、フンと鼻を鳴らして眼光を跳ね返してくる。

 二人を結ぶ視線と視線が、一本に収斂しゅうれんされて殺気立つ。

 敏感に察した大勢の民が、足を止めて二人の間を横切るのを避けた。自然と場が開けて、閃治郎は一歩踏み出す。青年もまた、名乗りならが近寄ってきた。


「オイラの名は、ビリー! ビリー・ザ・キッドってんだ。あんたは?」

乾閃次郎イヌイセンジロウ

「センジロウ……けったいな名だな。抜きな」


 チャキ、と小さく拳銃が鳴る。

 だが、閃治郎は居合いあいに構えて静かに応えた。


「僕はすでに、お前をとらえてる。……非礼をびろ、さもなくば」

「さもなくばぁ?」

「斬る」

「そこからか? その距離から! ハッ、おもしれえ! いいから抜きなよ!」

「抜いたが最後、血を見るぞ。もう一度言う……僕はお前を捉えている」


 本気の殺気が伝わったのか、ビリーはピクリと片眉かたまゆを跳ね上げた。

 そして、不快な笑みを表情から払拭ふっしょくした。

 彼はそのまま拳銃をクルクル回すと、腰のホルスターへと戻す。


「いいぜ、サムライボーイ……あんたが抜かねえってんなら、ここは一つ早撃ち勝負といこうぜ」


 どよめく周囲が静かになる。

 閃治郎の集中力は、自然と周囲の騒がしさを遠ざけていった。

 すぐ隣にいる真琴マコトの声すら、意識の外へと追い出してゆく。

 やがて、風の音だけしかない世界に二人は立っていた。


「――っしゃあ! 喰らって寝てろぉ!」

「――セイハァ! 奥義おうぎっ、朱雀連舞斬すざくれんぶざん


 二人は同時に抜いた。

 ビリーの手は銃を抜くなり、複数の発砲音を一つに連ねて放つ。

 閃治郎は弾道を見切って、迫り来る弾丸を全て叩き落とした。鳳凰ほうおう羽撃はばたくが如く、無数の斬撃が翼のように連なり重なる。

 見るものの目にも留まらぬ、音速の決闘。

 再び閃治郎がさやに剣を戻した時、静寂が周囲に重苦しくたゆたった。

 硝煙をくゆらす銃口を向けたまま、ビリーも動かない。


「へへ、まさか弾を全部叩き落とすたぁな。やるじゃねえか、サムライボーイ」

「一瞬で五発、いや……六発もの弾丸を。恐るべき早業はやわざ

「で、どうする? オイラは弾切れだ。今なら斬れるぜ?」

「決着は不要、一言詫てもらえればよし、さもなくば」

「さもなくば?」

「次の弾を込めてもらうことになる。その時こそ、お前は真っ二つ……既に間合いは見切った」

「言うねぇ……さてさて、と」


 見切った、確かに閃治郎はそう言った。

 それは嘘ではない。

 だが、正確でもなかった。

 先程、ビリーは一瞬で六発の弾丸を撃ち込んできた。その弾道は、正確に閃治郎の急所を狙ってきたのだ。だからこそ、殺気を放つ弾丸を叩き落とせた。

 次はきっと、きょじつとを入り混ぜてくるだろう。

 ビリーとの距離は、五間ごけん程……10メートルもない。

 先程の攻撃は見きったが、正直防ぐので手一杯だった。


「んじゃま、リロードがてら面白え話をしてやるよ。お人好しなサムライボーイ」


 ビリーは連れの老紳士が近寄ろうとすると、黙って手で制する。

 そして、拳銃から弾倉を押し出し、空薬莢からやっきょうを全て捨てた。

 一発一発を丁寧ていねいに、ゆっくりと装弾してゆく。

 その間に、彼は饒舌じょうぜつに語り出した。


「オイラたちはこの世界じゃ……ヴァルハランドじゃ、ガンナーと呼ばれてる」

「ガンナー……確か、短筒たんずつのことをハンドガンと」

「そうだ。だが、オイラたちも割と新参者しんざんものでね。められちゃ、引くに引けねえんだよ」

「それはこちらも同じこと。だが、面子めんつにこだわるつもりはない。詫てくれるなら、僕から剣を引こう」

「はいそうですか、って訳にはいかねえよ。くだらねえことかもしれねぇが、こっちも看板かんばん背負ってるんでな」


 そう言って、再びビリーは銃を構えた。

 今度は真っ直ぐ、銃口を突きつけてくる。

 先程とはまるで別人だ……全身から放たれる闘気が、閃治郎の肌をひりつかせる。

 ちらりとビリーは、閃治郎の隣の真琴を見た。


「お嬢ちゃん、さっきは悪かったな。かわいいに目がなくてね……それは詫びるぜ。だが、こっから先はそこのサムライボーイとの話だ。ワクワクしてたまんねぇぜ」

「あ、えと……わたしは、別に。いやあ、かわいいなんて……エヘヘ」


 しきりに照れて、真琴はだらしない顔になる。

 ビリーを斬る理由はなくなった。

 だが、彼が口にした興奮を、気付けば閃治郎も感じていた。

 京のみやこでは、短筒を持った不逞浪士ふていろうしも少なくなかった。だが、あいにくと閃治郎は銃撃で傷を負ったことがなかった。一つは、短筒自体の品質があるだろう。次に、扱う者の技術が未熟だったこと。

 だが、両方とも目の前のビリーとは無縁の話だ。

 そして、完全に銃を使いこなす男、ガンナーとの戦いに胸がおどる。

 全身の血が沸騰ふっとうしたような熱さで、心は自然と冷たく澄み渡っていた。


「悪いがこのまま撃たせてもらうぜ? 手加減はなしだ」

「……来い」


 ビリーの親指が、撃鉄を引き上げる。

 だが、次の瞬間……信じられないことが起こった。

 突然、ビリーは拳銃を落としたのだ。

 そのまま手首を押さえながら、彼は周囲へと視線を放つ。


「誰だっ! いいとこを邪魔しやがって……出てきやがれっ!」


 驚きに閃治郎も、ビリーの眼差しを目で追う。

 水入りとなるには惜しい勝負だったが、これ以上は興ざめである。なにより、血なまぐさい決闘騒ぎで、往来を占領していい理由などない。

 ビリーは、先程の真琴への非礼を詫てくれた。

 なにより、銃を落とした彼を斬っても、閃治郎の気持ちは決して晴れない。

 剣のつかから手を放して、閃治郎も構えをく。


「ふむ、ここまでか。しかし……これは!?」


 ビリーの落とした拳銃を見て、驚愕きょうがくに言葉を失う。

 初めて見るタイプの銃だが、中央に弾丸を抱いて回転するシリンダーがある。いわゆるリボルバータイプで、副長の歳三トシゾウも一丁持っていたのを思い出す。

 

 遠くから弓で、発射寸前の銃口を射抜いた者がいるのだ。

 ビリーは銃を拾って、矢を引っこ抜く。やじりを取って放たれたらしく、矢の太さが口径にほぼピッタリだった。


「おう、手前てめぇ! そこにいるな、出てこいよ! ……舐めたまねしてくれてよぉ」


 自然と周囲の人混みが左右に割れた。

 そして、大弓を持った美女が現れた。

 着流しをしどけなく着込んだ、将門マサカドだ。腰には刀ととっくりをぶら下げており、今にも薄い胸が見えそうだ。下駄げたをカラコロと鳴らしながら、彼女は二人の間に割って入る。


「カカカッ、元気な小僧じゃのう。それに、よく見ればかあいらしいではないか。ええ? 舐めてほしいなら、考えてやらんでもないぞ?」

「……っ! 悪ぃがオイラは、おっかねえ女は趣味じゃねえんだ」

左様さようか。なら、ワシが怖い女になる前に、いね。く疾くせいて、逃げるがよいぞ」


 先程の矢を射たのは、将門だ。

 どれほどの距離かは、わからない。閃治郎ほどの腕を持つ男でも、彼女の気配を読み取ることは難しいのだ。

 将門は白い顔に薄い笑みを浮かべている。

 ぞっとする程に美しく、ビリーが言うように恐ろしい。

 そうこうしていると、ビリーの連れがパンパンと手を叩いた。


「そこまでだ。このねえさんの言う通り、尻尾を巻いて逃げるとしよう」

「でも、ヘイヘの旦那だんなっ!」

「血気盛んなのは結構なことだがな、ビリー。ガンナーは姿をさらした時点で負けだ。遠距離からの射撃……狙撃という完全優位のポジションを選ばなかったお前のミスだ」

「オイラは旦那とは違う、それじゃあ決闘とは呼べねえよ!」

「……まあ、いい。私からも連れの無礼を詫びさせてもらう。このへんでお開き、手打ちとしたいが……どうかね?」


 肩を長銃でトントンと叩きながら、髭の紳士が問いかけてくる。

 その声は穏やかだが、否定も無視も許されない強さがあった。有無を言わさぬとはこのことである。閃治郎も異論はなかったが、渋る様を見せればどうなるかはわからない。

 この初老の紳士は、明らかにビリーより数段強い。

 そしてそれは、将門にも伝わったようだ。

 二人のガンナーは、周囲がざわつく中で去っていった。


「よしよし、まずまずじゃのう。どうじゃ、セン。あれが足利アシカガの言うておった、種子島たねがしまたぐいじゃな?」

「ええ」

うらやましいのう……ワシも、ああいうのを大量に揃えて、合戦がしてみたいのう! うは、うはははは!」


 にんまり笑う将門は、とても無邪気で幼く見えた。

 だが、その切れ長の目の奥で、瞳はギラついた光を灯している。

 底知れぬ奈落のように、暗い炎が燃えているようだ。


「なにはともあれ、将門殿。ご加勢、かたじけない」

「なに、ワシも一仕事終えてきたが……そちらも片付いたようじゃな」


 とりあえず、拠点にして自宅へと戻ることになって、真琴が売上を革袋の中にしまう。僅かに残った薬瓶を一つの木箱にまとめ、それを閃治郎は両手で抱えた。

 だが、今になって手が震えてくる……まかり間違えば、心の臓を撃ち抜かれていた。

 本気になったビリーの迫力は、彼が一騎当千いっきとうせんの拳銃使いだと無言で告げてきたのだ。

 そのことを正直に言葉にしたら、にんまり笑って将門は背中をバシバシ叩いてくる。彼女は、それはそれは楽しそうに「次はワシがやるゆえな!」と豪胆ごうたんな声を響かせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る