第7話「閃治郎、大通リニテ大道芸ヲ演ズ」

 閃治郎センジロウの新しい日々はもう、始まっていた。

 そして、それは以前となにも変わらない……民を守るために戦うのだ。それが、まことはたの元に集った、男たちの誓い。振るう剣に信念をたくした、新選組の生き様なのだ。

 だが、初日から害獣退治で、危険度の高いガルムを討伐したものの……依頼される内容は多岐たきにわたり、中には閉口に言葉を失うようなものも少なくなかった。


「……マコト殿、その……僕がやるのか?」

「もっちろん!」

「ど、どうしてもか」

「そだよ?」


 王都おうとヴォータンハイムの大通りは、雑多な人種で賑わっている。

 う人々は皆、活気に満ちていた。勿論もちろん、その中には死後に招かれた勇者、いわゆるエインヘリアルも多い。身につけた武具も様々で、ついつい閃治郎は注意力を振りまいてしまう。

 京都守護職として、不逞浪士ふていろうしとも戦っていたからだ。

 つい、武器を持つ人間に対して警戒心を持ってしまう。

 だが、隣の真琴マコトはいつものようにニハハと笑っていた。


「さ、始めよっ! これもりーっぱな、サムライのお仕事だよっ!」

「……そうだろうか」


 渋々しぶしぶ閃治郎は、腰の剣へ手を添える。

 冴え冴えと輝く白刃は、日頃の手入れもあって鋭く鞘の中で唸っていた。


「ねね、セン!」

「ん? なんだ」

「センの刀ってさ……なんかこう、普通のと違うよね。あつらえもそうだけど、刀身自体がなんだか、こう、呼吸してるような」

「フッ、なかなかにさといな」


 閃治郎の刀は、さる高名な大社たいしゃ奉納ほうのうされていた神剣である。

 名は、ない。

 正確には、わからないのだ。

 刃渡り二尺五寸にしゃくごすん太刀たちで、神木より削り出した白木鞘しらきざやに納められている。閃治郎の時代の日本刀としては、やや長く反りも強い。抜刀術で戦うには、いささか長過ぎるきらいもある。

 だが、閃治郎は難なく使いこなす。

 そして、霊験あらたかな力が神秘の妙技を発現させるのだ。


「へー、銘無ななしなんだ」


 そう言う真琴の武器は、剣とは呼べぬ代物しろものだ。フニャフニャとした奇妙な素材でできており、叩いても全く痛くない。刃がないので切れないのだ。

 足利アシカガ将門マサカドと違って、彼女がサムライかどうかも疑問が残る。

 だが、利発的なむすめで小気味よいことは、閃治郎もここ数日で認めていた。

 そして、今日の仕事……勇者庁ゆうしゃちょうから回された、クエストと呼ばれる任務を始めることにする。非常に気乗りしないが、ここヴァルハランドでも食べていかねばならない。エインヘリアルといえども、扶持ぶちが必要なのだ。


「よし、やるか……その、マコト殿。すまないが」

「あー、うんっ! しゃべりは任せて! あと、センの腕は知ってる、信じてるから!」


 真琴は満面の笑みで、一歩を踏み出す。

 周囲には露店ろてん屋台やたいがずらりと並んでいた。

 その中でも、やはり真琴は嫌でも目立つ。

 彼女は大きく深呼吸して、最後に吸い込んだ息を声にした。


「さあさあ、そこのみんなっ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ――Ladiesレディース andアンド Gentlemenジェントルメン! It'sイッツ Showtimeショータイム!」


 ショータイム、つまり見世物みせものだ。

 それ自体が目的ではないが、しょうがない。

 閃治郎は、真琴と距離を取って身構える。

 わずかに身を沈めて、居合いあいの構えだ。

 大勢の人間が、可憐な真琴の笑顔に脚を止める。


「はーい、まずはとくとごろーじろっ! リンゴでっす!」


 ぴんと横に腕を伸ばした真琴が、手の平に林檎りんごを載せている。

 ざわざわと周囲が騒がしくなる中、閃治郎は呼吸を整え目を見開いた。

 瞬間、閃光が無数に走る。

 抜刀、斬撃、そして納刀。

 三拍子の連続は、目にも留まらぬ早業だ。それを幾重にも重ねて連ね、音速の居合斬りを放ち続ける。瞬きする間に、百以上の剣閃けんせんはしる。

 あっという間に、林檎は真っ赤な皮を脱ぎ捨てた。

 周囲からも「おおー!」と声があがる。

 勿論、真琴には傷一つない。


「はーい、この切れ味! この妙技みょうぎ! これが、ジャパニーズサムラーイ!」

「……真琴殿、もう少し、こう……普通に話してもいいのでは」

「いーの、いーの! 外国にいるようなもんだし、みんなこゆの好きだから」


 拍手が広がり、その喝采かっさいさらに人を呼ぶ。

 閃治郎としては、体得した剣技を無駄に披露するのは不本意だ。

 だが、これも任務と自分に言い聞かせる。

 サムライという職業は、つい最近できたばかりである。そのを守護する巫女みこも、駆け出しのリシアが一生懸命務めてくれている。足利や将門も別の場所で他の仕事をしているし、今は地道に稼いでいくしかない。


「ではではー、次はハイ! カボチャ!」


 周囲のざわめきが、ささやきを伝搬でんぱんさせてゆく。

 林檎と違って、南瓜かぼちゃの皮は硬い。大きく立派なそれを、重そうに真琴は頭の上に載せた。

 小柄な彼女の頭上を狙って、再び閃治郎は抜刀する。

 まるで紙屑かみくずを切り裂くように、南瓜の皮が消え去った。無数に放った居合の技が、削られ宙を舞う皮きれさえ粉々にしてしまう。

 聴衆は大喜びだが、ここからが商売の始まりである。


「そういえば……トシさんも昔は、薬を売り歩いて暮らしたらしいな」

「ん? セン、なんか言った?」

「いや、なんでもない。それより早くあれを売ってしまおう」

「ほいきた!」


 二人の背後に、薬瓶くすりびんの入った木箱が積まれている。

 携帯可能な万能薬、マジックポーションと呼ばれるものだ。

 小瓶を真琴が手に取ると、閃治郎も腕を突き出し羽織はおりそでをまくる。そして、抜き放った剣を自分の肌へと当てた。


「……はあ、気が重い」

「セン、なら代わろうか?」

「僕は女に剣を向けたりはしない。……怖くもないし、痛みには慣れてる」


 スッ、と閃治郎は、愛刀で腕をでた。

 深々と切ったが、痛みはない。

 大勢の視線が殺到する中で、ヒュンと太刀をひるがえした。

 次の瞬間、鮮血が宙を舞う。

 切れ味が鋭過するどすぎて、深い傷と大出血もまるで現実感がなかった。

 悲鳴があがるなかで、すぐに真琴が瓶のふたを開ける。


「ちょっと、セン! やりすぎ、やりすぎっ! ドン引きされてるよ!」

「なんでもいい、早くやってくれ。……まったく、ガマの油売りか、僕は」

「は、はーい! こんな大変な傷も、このポーション! るタイプのこれを……はいっ、この通り!」


 最初から話には聞いていたが、本当に体験すると閃治郎は驚きを禁じ得ない。

 加減はしたものの、鋭利な刃は確実に肌を切り裂き、骨まで達している。激戦の京都で戦い抜いてきた閃治郎には、特に珍しい刀傷ではなかった。

 だが、それが瞬時に治ってしまうのだ。

 真琴が塗ってくれた薬が、浸透してくる感覚が冷たい。

 ひんやりとした感触の中で、あっという間に血が止まって傷が消えた。


「さあ、このマジックポーションが今日なら一本たったの100ゴールド! 一ダース買うなら1,000Gぽっきりだよ!」


 たちまち見物人たちは、全員揃って客になった。

 閃治郎は改めて、元通りになってしまった腕をまじまじと見やる。傷跡すらなく、改めて魔法というものに感心してしまった。リシアが瀕死の自分を助けてくれた時も、癒やしの魔法を使ってくれたのだという。

 やはりここは異世界、閃治郎が生きていた場所とはことわりことにする土地なのだった。


「センッ、バカ売れだよっ! ほらほら、手伝って! そっちの木箱も開けて」

「ああ、わかった。……なんだ、マコト。妙に楽しそうだな」

「そりゃもう! なんか、文化祭みたいじゃない」

「ブンカサイ……まあ、祭というならそうだな。この国は毎日がお祭り騒ぎだ」


 気付けば閃治郎も、口元に笑みを浮かべていた。

 あっという間にポーションが売れてゆく。

 そして、誰もがニコニコと笑顔で雑踏の中へと消えていった。

 あらかた売りつくした頃には、閃治郎も安堵あんどと充実を感じてしまった。

 だが、その時……こちらを指差す不遜な視線を感じた。

 次いで、嘲笑ちょうしょう


「おいおい、見たかぁ? なんだありゃ!」

「よせ、ビリー。面倒事を率先して生み出すのは、君のがたい欠点だ」

「ヘイヘの旦那だんな、そう言うなよ。東洋のさるは初めて見るんだ、大した道化どうけじゃないか」


 奇妙な二人組が、こちらを見詰めていた。

 片方はつばの広い帽子を被った青年で、片手になにかをもてあそんでいる。それはよく見れば、短筒たんづつだ。もう一人の初老の紳士も、長銃ライフルを握っている。火縄銃ではなさそうだが、あいにくと閃治郎は銃器には詳しくない。

 やたらと副長が銃にうるさく、どうにか最新式をと四苦八苦しくはっくしていたことが思い出された。


「むっ、ヤな感じ……ちょっとセン、センってば」

「いいさ。確かにいい道化だ。だが、薬は売れたからな。それに……後ろ指をさされるのには慣れてる。異人にあれこれ言われるのはしゃくだが、いさかいや争いを取り締まる新選組が騒ぎを起こせば、それは本末転倒ほんまつてんとうというものだ」


 心の中に旗がある。今も激動の時代という風に、血に濡れたままはためいているのだ。その旗にきざまれた一文字、誠の文字に相応ふさわしい男になりたい。常に新選組の誰もがそう思ったし、今も閃治郎はそのつもりだ。

 だが、次の一言は聞き捨てならないものだった。


「よぉ、サムライボーイ! そこのガキもリンゴやカボチャみたいに、ひんむいちゃくれないかい?」

「……断る」

「そう言うなよ。東洋の猿でも、ちゃんとしてんなら一晩買ってやるってんだ」


 ボンッ! と真琴が赤くなった。そして、そのままうつむいてしまう。

 妙なとこで純だなと思ったが、真琴の慎ましい恥じらいも当然だ。

 そして、逆に閃治郎は精神が冷たく研ぎ澄まされてゆく中で感じた。決然とした怒りは、仲間への侮辱ぶじょくを許せない。それでもギリギリで耐えたが……銃口を向けられた瞬間、思わず腰の刀へ手が伸びたのだった。

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