第6話「閃治郎、武士ノ始祖ニ出会ウ」

 王都ヴォータンハイムへと、閃治郎センジロウたちはすぐに戻った。

 討伐したガルムに関しては、意外なことに助けた老夫婦が引き取りたいと申し出てきた。すぐにその場で解体が始まり、肉、革、骨、爪に牙が取り分けられる。

 害獣のたぐいは、倒すことができれば大きな資源の山を残すそうだ。

 命を拾ったこと以上に、大自然の恵みを得られたことに老夫婦は感謝してくれた。


「民を脅かす、街道かいどうの魔物は退治された。それはいい……しかし、マコト殿」


 閃治郎が戻ってきたのは、最初に目覚めた部屋のあるとうだ。意外に中は広く、その一階は開かれた集会所のようになっている。食堂も兼ねてるらしく、少し遅めの昼食がいい匂いで並んでいた。

 だが、閃治郎はまだなにも説明を受けていない。

 足利アシカガと共に現れた、謎の美女のことを。

 それで思わず、向かいに座る女性のことを見詰めてしまう。

 いまだに彼女は、戦国武将のような鎧に身を包んでいた。その肌は異様に白く、長い長い黒髪とのコントラストが美しい。切れ長の目には、瞳が理知的な輝きを放っていた。


「ん? なんじゃ、どうした。小僧、ワシの顔になにかついてるかや?」


 謎の女武将は、先程から旺盛おうせいな食欲を見せている。

 黙っていれば絶世の美女なのだが、骨を鷲掴わしづかみにして肉をむさぼり、真っ昼間から酒を飲み始めた。どうにも粗野で下品な印象があるが、不思議と嫌悪感は感じない。

 むしろ、閃治郎は底知れぬ畏怖いふの念を自然と抱かされていた。

 隣に並ぶ足利が、そういえばと思い出したように喋り出す。


「では、改めて紹介しますかな……マコトちゃん、リシアちゃんもこっちに来てくれないかな? あと、私におかわりを。やはり、この洋風芋粥ようふういもがゆは美味だねえ」


 呑気のんきにマッシュポテトの小皿を空にして、ほがらかに笑っている。

 どうにも居心地が悪くて、閃治郎は先程からはしが進まない。

 足利もそうだが、例の女武将の力量をなんとなく察しているからだ。この場では今、自分が一番弱い。足利よりもさらに強い気を、目の前の美女から感じるのだ。

 そうこうしていると、真琴マコトがリシアと共にキッチンから戻ってきた。


「はい、あっちゃん! 沢山あるから、ガンガンおかわりしてねっ」

「やや、それはかたじけない。いやあ、ヴァルハランドのご飯は美味おいしいね。思わず一句読んでしまいそうだよ」

「それよりさ、ほら……のこと、紹介しないと」

「おっと、その話だったね。うんうん」


 まーくん?

 それがどうやら、鎧武者の名らしい。

 そして、彼女はうながされる前に自分から立ち上がって名乗りを上げた。


「では、小僧こぞう! 改めて名乗ろうぞ……ワシは平将門タイラノマサカドじゃ! 見知りおけぃ!」

「はっ、はい! って……ええーっ!? まっ、ままま、将門! ……こう

「おうてばよ。ほれ、小僧も飲め」

「あ、いえ、僕はお酒は」

「なんじゃ、つれない奴じゃなあ」


 閃治郎は驚くあまり、目を白黒させてしまった。

 平将門といえば、武士のとされる人物である。関東一円を支配し、無敵の騎馬軍団をもって疾風迅雷しっぷうじんらい戦上手いくさじょうずうたわれた男。そう、男の筈だ。

 だが、どっかと座り直した将門は、どう見ても女である。

 彼女は大きなさかずきになみなみと酒をついで、それを飲んでくちびるを手の甲でぬぐう。


「ふう、ワインというたか……葡萄酒ぶどうしゅも悪くないのう! うは、うははは!」


 豪快さはなるほど、将門公を名乗るだけの説得力がある。

 時代がかった大鎧おおよろいも、その存在感で彼女の出自を物語っていた。

 だが、女だ。

 


「将門公が女性だったなんて、僕は聞いてませんよ!」

「ワシがおなごに見えるか、小僧」

「どう見ても女の人でしょう! ……ま、まあ、ここは死後の世界らしいですから、その」

「うむ、細かいことは気にするでないわ!」


 豪胆ごうたん、豪放、そして豪快。

 性別以外は、確かにあの平将門を彷彿ほうふつとさせた。

 そして、呆然ぼうぜんとする閃治郎に足利がフォローを入れてくれる。


「いえいえ、私も驚きましたから。お気になさらずに、センちゃん」

「セッ、センちゃ……あ、ああ。しかし足利殿」

「いつも通り、あっちゃんと呼んでくれないかな……さもなくば、しょすよ?」

「い、いや……一度も呼んだことはないですが」


 ニコニコと人の良さそうな笑みで、足利はせっせと料理を口に運ぶ。

 そんな彼に勧められて、閃治郎も渋々箸を手に取った。

 将門はと言えば、ほろよいで上気した顔を赤らめている。

 うるんだ瞳は、えもいえわれぬ妖艶ようえんな笑みをたたえていた。

 真琴がパンパンと手を叩いたのは、そんな時だった。


「はい、自己紹介オッケー! で、リシアから大事な話がありまーす。我等がサムライのを守護する巫女みこなんだから、みんなもっとリシアのことをうやまってよねー」


 なんだかリシアは気恥ずかしいのか、真っ赤になってうつむいている。そんな彼女を、ずずいと真琴は皆の前に押し出した。

 酷く頼りない印象があるが、リシアはエルフとかいう種族、それもハイエルフの高家に生まれた娘だ。大雑把おおざっぱに真琴が、エルフの貴族みたいなものだと教えてくれたが、なるほど彼女の所作しょさや立ち振舞には気品がある。


「え、あ、んとぉ……みっ、みなさん! 今日はお疲れ様でしたぁ。先程、エルグリーズ様からの使いが来て、ガルム討伐の報酬が支払われたみたいです」


 他にも、閃治郎が加わったことで、抜刀術ばっとうじゅつというカテゴリーのスキルができたらしい。スキルとは、サムライの座に属する勇者たちが使える、特殊な戦技せんぎのことである。

 リシアが宙空ちゅうくうに手を伸べると、光の言葉が浮かび上がる。

 あっという間に、なにかの一覧表のような文字列が並んだ。

 それぞれの文字が、線で結ばれつらなったりしている。


「これが、現在のサムライのスキルツリー……要するに、皆さんのスキルを体系化してまとめたものです。他の座に比べて、新しくできたばかりなので種類は少ないですけど」


 異世界のリシアが出した文字なのに、不思議と読める。

 そういえば、リシアとも言葉が通じることに閃治郎は気付いた。

 このヴァルハランドに来て、驚くことばかりですっかり忘れていたのだ。それくらい違和感なく、リシアと話せている。それも、日ノ本ひのもとの言葉でだ。

 そのことについて、リシアは簡単に説明してくれた。


「これも魔法なんです。ルーンの魔法で」

「ふむ……それでリシア殿が日本語を」

「いえ、私はこの国の言葉で話して書きますよぉ。ただ、それが皆様には、故郷の言葉に見えるように魔法をかけてるんです」

「なんと! ……まさに魔法という訳か」


 妖術使いとも戦ったことがあるが、こうした実用的な魔法の方が驚く。やれ火を出すだの、風を刃に変えるだの、くだらない児戯じぎだ。リシアの魔法みたいに、傷を癒やし、人と人とを繋げるような魔法のほうが何倍も優れていると思う。

 だが、からになったびんを置いた将門が、話を急かしてきた。

 それでリシアも、改めてスキルの説明に戻った。


「こうしてスキルを体系化することで……例えば、センジロウ様の技を、アシカガ様やマサカド様、マコト様が使えるようになります」

「なっ……どうやって!」


 思わず閃治郎は立ち上がってしまった。

 鍛え抜かれた居合いあいの技、そして破邪はじゃの剣法である天然理心流てんねんりしんりゅう零式ゼロしき……それらが全て、足利や将門は勿論もちろん、真琴にさえ使えてしまうらしい。

 そんな馬鹿なと思ったが、リシアは困惑しながらも教えてくれた。


「それが、座を守護する巫女の力なんですぅ。私が、皆さんの力を理解し、スキルとしてまとめてるんです。こうして、職業ごとに研鑽けんさんを積んで、神々の黄昏ラグナロクに備えてるんです」

「信じられん……し、しかし、ここには確かに僕の技が書いてある」


 ぼんやりと光る目の前の文字を追えば、先程ガルムを一刀両断した技があった。

 奥義、青龍烈破断せいりゅうれっぱだん……神剣に四神の力を宿し、龍をかたどる水の刃を飛ばす技だ。水には水圧というものがあり、それを高めれば鉄すらも容易たやすく両断する。はがねの刃以上に斬れる鋭さを、閃治郎は切っ先より遠くへと放てるのだ。

 他にも無数の奥義、そして一撃必殺の切り札であるがある。

 それすらも、光ってこそいないが、空中に名前が並んでいた。


「ふむ……そういえば小僧、先程妙な剣技を使っておったな。あれは陰陽術おんみょうじゅつの類かや?」

「将門公、あれは」

「公、はいらぬ。ワシは敗軍の将じゃぞ? こそばゆいからやめよ」

「は、はあ。とにかく、将門殿。先程の技は、我が流派が退魔のために編み出した秘剣。僕でも体得するために、かなりの修行を積みました」

「まあ、それがリシアを通じて簡単に使われれば、それは確かに面白くないのう」


 リシアの話では、他の座……ナイトやウィザードの巫女たちは、もっと沢山のスキルを管理しているらしい。それもそのはず、もうすでに何百年も前から、ヴァルハランドはエインヘリアル……死せる勇者のたましいを招き続けているのだから。

 日ノ本のサムライがやってきたのは、つい最近なのである。


「まあ、よく見よ小僧」

「……その小僧っていうのは、ちょっと」

「ふむ。確か……乾閃治郎というたな? ならば、セン! この、スキルツリーとやらを見るがいい。光のともっておる文字は、既に皆で共有できる技ぞ」


 盃を持った手で、将門は宙に浮かぶ表を指さした。

 確かに、光っている文字と、黒く沈んでいる文字がある。

 閃治郎の持つ剣技も、より難易度の高い奥義はまだ黒かった。

 どうやら、黒い文字のスキルはまだ誰も体得不可能らしい。その手前のスキルを会得えとくしておさめなければいけないと、リシアが説明してくれた。どんな剣技でも、基本の積み重ねを経て高度な奥義にいたる。人は皆、段階的に強くなることを閃治郎も知っていた。

 他には、弓や槍、そして剣術のスキルが並んでいる。

 剣術のスキルが、一番枝分かれが多く、種類は多岐にわたっていた。


「さて、リシアや」

「はっ、はは、はいっ! マサカド様」

「なんであったかのう……そう、たしか、! 一撃必殺の大いなる力。そういうのがあった筈じゃが……はて、このスキルツリーとやらには見当たらんのう」


 ――ソウルアーツ。

 耳に馴染なじまぬその言葉は、不思議と閃治郎の耳に残った。おぼろげにだが、将門の話を聞いて想像力をふくらませる。

 だが、既存きぞんの他の座に所属する勇者たちでも、ソウルアーツを会得した者はごく少数だという。ただ、その人物だけが使える最強の技で、ルーツに根ざす魂の一撃らしい。まずは閃治郎たちは、スキルツリーの拡充かくじゅうとソウルアーツの会得を目標に動き出すのだった。

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