第三章 継承

第6話襲撃者

「太郎様、この辺りにいる者どもは全て片付け、報いを受けさせました。お許しいただければ、今すぐ中の侵入者にも、相応の報いを与えてきます。ここの者達と違い、太郎様のお手を煩わせたという報いを。その所業、死を持ってしてもつぐないきれませぬ。せめて最後に、悔い改めた証として、その躯に刻み込んでやりましょう。はっ!? そうすると太郎様にお待ちいただかねばなりませぬ。これは、不敬。その分も刻まなくては! 微塵に切り刻み、塵にかえてまいりましょう。しばし、お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

洞窟から出てきた太郎を、片膝をついて出迎える男がいた。

黒装束に身を包み、視線は地面に落としている。おそらく尻尾があるならば、ブンブンと振り回しているに違いない。


ただ、その男の周囲には、凄惨な光景が広がっていた。

おそらく元は四人であったに違いない。しかし、切り刻まれたその姿は、すでに人の形を成していない。躯と成り果てても、無残な姿をさらしていた。


だが、首の部分で切り離された頭部だけは別だった。


まるでそれが土下座を表現しているというように、その顔が地面に押し付けられていた。その顔の部分は、完全に地面にめり込んだ形で。


「中でこの子を連れ去ろうとした三人は、きっとあの世で後悔してるだろうよ。だが、まだらよ。死者に対して、非道は慎め。あがないは、その死ですでに済んでおる」

少女を胸に抱きかかえた太郎。

腕の中で気を失っている事を確かめたのち、その光景をもう一度見つつ、小さく息を吐いていた。


「お言葉ですが、太郎様。この者どもは太郎様の行く手を遮りました。不敬極まりない所業です。その罪は、死を持ってもつぐないきれませぬ。なにより、この者どもは犯してはならない三つの罪を犯しました。一つ目は遮るだけではなく、太郎様の邪魔をしようとしたこと。二つ目は、あろうことか、太郎様に罵詈雑言をあびせたこと。そして、生まれたことすら許されないのは、三つ目です。信じられない事に、太郎様に刃を向けたことです。したがって、ただの死ではつぐないきれないことを教えてやりました。逃げられぬように骨をおり、そのあとはそれ相応の痛みを与え続けて。ただ、所詮は取るに足らない者どもです。まだ、欠片しかその罪がいかなるものかを語らないうちに死にました。申し訳ございません。そして、中のものも同じ罪を犯しております。しかし、慈悲深い太郎様に直接賜った死です。きっと中の者は歓喜して極楽にいる気分だったことでしょう。ですが、罪は罪。それを表現しておきたいのです。どうか、お許しください」

さも当然という雰囲気で、まだらはそう答えていた。しかも、その目は太郎に訴えているのだろう。自らの熱い忠誠心を。

それを困った様子で見る太郎。だが、かぶりを振った太郎は、真剣な目で斑を見つめていた。


まだら、それよりも急ぎ犬神の里に行ってくれ。中の奴に口を割らせたが、襲撃を予知して逃げた者を知っているようだ。その者達が無事に逃げられるように、影ながら手助けしてやってくれ。俺はこの子を九郎に預けてくる。あまり、見せたくはないのでな。先に行かせた者の他にも、犬神の里には人をやる。だから、まだらよ。無茶と勝手は慎むように」

半ばあきらめの表情で、太郎はまだらにそう告げる。


「はっ! このまだら。太郎様のご期待に応えましょう! そして、お許しいただければ、そのまま狐狸こりの里も滅ぼして参ります!」

全身にやる気をたぎらせたまだらは、今すぐにでも飛び出して行きそうな自分を必死に抑えているようだった。


「いや、影に徹しろ。俺はそれ以上望んでいない。逃げた犬神の者にも、追っている狐狸こりの者にも、お前の存在を一切いっさい気取けどられるなよ。それを完璧にできるのは、お前しかいいないと俺は信じる。おそらくだが、陰陽寮おんみょうりょうが動いておる。式神に気をつけろ。これを成し遂げるには、お前だけが頼りだ」

有無を言わせぬ迫力で、太郎はまだらを見下ろしていた。

その言葉がよほど響いたのだろう。まだらは涙を流して太郎を見上げる。


互いに見つめる太郎とまだら


だが、それもまだらが顔を伏せたことで終わりを告げる。その言葉と共に。


「仰せのままに! 不肖、このまだら。太郎様の影として、相応しき働きで、必ずや!」

「よし、行け!」


太郎のその言葉を聞くや否や、まだらの姿は風と共に消えていた。

その行方を見守るように、太郎はその顔を山に向ける。


「はたして、どれほどの者達が逃げてくれたか……。咲夜さくや殿の予想が的中したという事は、それを伝えられた者たちはあらかじめ逃げているはずだが……。咲夜さくや殿が、今際いまわきわに俺に告げたこれから先の事。さすが犬神直系の巫女という訳か。どこまで確かで、どこまで見ることが出来るのかは知らぬが……。それにしても、これから先の世が見える力か……。悲しい力だ……」


再び、視線を少女に戻し、太郎は小さく息を吐く。


「まあ、考えても仕方ないことだな。この俺に託された、この子の命とその先の世。だが、この俺の命もそう長くはないだろう。あとの事、咲夜さくや殿が見たのがお前だと信じるぞ、九郎。俺もお前に託すしかない」

少女を抱きかかえた太郎は、きびすを返してその道を進んでいく。


月明かりがその道を明るく照らす中、太郎はわき目もふらずに歩いていた。

その前に広がる、深い森の中へと続いている、その道を。

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