幕間
第5話選択
「うぬは
あの暗闇の部屋の中で、いくつもの赤い目が並んでいた。相変わらず姿は見えない。だが、その赤い目は冷たい光を帯びている。
それらを前にして、
ほのかに光るその太刀の光は、半ば伏せた太郎の顔を浮き彫りにする。
後悔とは無縁の顔がそこにある。
「して、そなたはその者達が何者かわかっておるのだな?」
また別の赤い目の光が、太郎をしっかりと見据えていた。
「犬神の巫女。いや、族長一族の巫女だ。そして
そのままの姿勢を崩すことなく、太郎はそう答えていた。
「ほう、では猫目の一族が
『あえてそういう言い方をしたのだ』と、その声の主はそう言いたいのだろう。太郎の行動がもたらしたことを最大限善い行いとして受け取るために。
「いえ、そうではありません。これは
だが、太郎は臆することなく否定する。大きく胸を張りながら。
「
その言葉に、怒気を含んだ別の声が響いていた。
いくつかの赤い目は、明らかな敵意をもって太郎を見つめる。だが、太郎は動じることなく、胸を張ったまま目だけを瞑る。
その涼しげな態度が気に入らなかったのかもしれない。ますます闇の中で怒りが立ち上っていく。
「申して見よ」
だが、その時また別の声が、静かに太郎を促していた。
静かに目を開ける太郎。ゆっくりと静かに、その口を開きだす。
「
堂々と、そしてその顔に笑みを浮かべながら、太郎はそう答えていた。
「詭弁を
大婆様の突き放したような言葉を、涼しげに受け止める太郎。そう言われることを知っていたのか、その口元が小さくゆがむ。
「ご心配なさらぬよう。すでに、
深々と頭を下げたあと、踵を返すように太郎は去る。
あっけにとられたかのような雰囲気が、光の消えた闇の中に漂っていた。
「大婆様。本当にあれでよろしいのですか?」
「してやられましたな。よもや、そのような詭弁で乗り切るとは。これは愉快でしたな、大婆様」
「愚かものめ。大体、大婆様も甘やかしすぎだと思いますぞ」
「まあ、よいではないか。のう、大婆様。我らの手に
「そればかりは分からぬな。どれ、種はまいておこうか。よろしいですな? 大婆様。九郎がどう理解するかはわからぬがな。あれは父親によく似ておる。何をしでかすかわからぬ者じゃ。じゃが、先の世であれ、我らは見ていればよい事よの。いずれにせよ、九郎には試練が必要じゃろうの。
「人という形を捨て、我らの頂にまで来れるものが生まれるか。久しくない楽しみではありますな、大婆様」
「いかにも、いかにも。人という種から生まれるのであれば、我らがこの里を作ったかいがあるというもの。大婆様もうれしいのではありませぬか?」
「我らもまた、猫神様にこれで一歩近づけるやもしれませぬな。喜ばしい事ですな、大婆様」
赤い目がそれぞれに語り合う中、ただ一つ沈黙を守るものがいた。
「大婆様。いかがされました?」
「………………。ふむ、何やら妙な気分がしてな……」
「何か、よからぬ事が起きますか?」
「いや、思い過ごしだろうて。では、儂は帰るぞ。皆ご苦労だった」
闇の中、その言葉を残して消える気配。
それが引き金となったように、それまでの喧騒が嘘であったように、つぎつぎと何かが消えていく。
闇の中、ただ静けさのみを残して。
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