第4話



 ぐるぐるとした渦の中を引っ張られるようにして運ばれてきた先、前にも一度きたことがあるような青に囲まれた何処にでも続いているような灰色の床の世界にきていた。呆然と目を見開く世夜から少し離れた場所で大きな音が聞こえてくる。振り向けばそこで誰かと誰かが衝突し合っていた。カンカンカンカンと何らかの物体をぶつけ合っている。それが何かと先画面から顔だけを出した妖怪と呼ばれる物であることにはすぐに分かった。

 その二つを信じられない思いで見つめる。

 また、またもや世夜は巻き込まれてしまったのだ。

 そんなバカなと叫びだしたいけれど世夜は必死に口元を押さえてその衝動を堪えた。目の前が霞んで見えるのは合って欲しくなかった事態に遭遇したからだろう。昨日も同じように巻き込まれてしまった世夜はそこであわや死にかけてしまったのだ。今日は安全だとは言い難い。もしかしたらまたも危ない目に遭うかもしれない。もしかしたら今度こそ死んでしまうかもしれない。

 そんな恐ろしい考えが世夜の頭に浮かび上がってくる。まだ齢十六で死にたくなどなかった。別にこの先楽しいことがあるとか思ってないし、まあ一生あの部屋の外からでることもなく腐っていくように死んでいくのだろうとは思っているけど、それとこれとは別だった。

 死ぬと言うことは酷く恐いことだった。例えこの先何の意味もなさない人生を送るとしてもそれでもまだ生きたいとそう願うほどに。

 だから気付くなと懇願した。

 目の前で戦い合う妖怪達にお願いだから自分の存在に気付くなと懇願して、もし無事に帰れたらこれから先パソコンの画面になど一度たりとも触れてやる物かとそう決意した。

 が、そんな思いも虚しく妖怪達は世夜の存在に気付くのだった。

 ガッ!と激しい音を立ててぶつかり合う物体たち。妖怪の方が体重を乗せていない足で何かを蹴ろうとしているのが分かった。

 何かは慌てて後ろに飛び退く。その先をおうように妖怪が飛び付き攻撃を仕掛けてくる。それに対して何かは横に大きく飛び退くことで避けた。その何かが回避した近くに世夜は居たのだった。妖怪を睨もうとした何かの目が世夜に向く。

「なんや、きてたんけ」

「好きできたんじゃねぇ!」

 物好きだなと言わんばかりの目を向けられて世夜は思わず怒鳴った。その声に向こう側鋳る妖怪も世夜に気付いてぞっと血の気が引いてしまう。

「じゃあ、なんできたんだ~~」  

 青白い顔をした世夜に対して暢気にそんな事を聞いてくる何かに腹が立つ。

「画面触ったらこんな事になったんだよ! テメェうちのパソコンになにしてくれた!」

「ああ……。危険なもんにさわんなって習わなかったんですか」

「パソコンは危険じゃねぇよ! 何年俺の傍にあったと思ってんだ! おまえが変なことしてくれたんだろう」

「別にわいはなにもしてないぞ。ただちょっと電脳世界に繋げたパソコンは暫くその入り口になるだけだぜ」

「そう言うことは先にいっとけ!」

 何かに向かって怒鳴りつけながらも世夜の目は妖怪を見つめていた。妖怪の姿は前回と同じように異形の姿をしていて、今度は犬と鬼が合体したような感じだった。顔が二つあり、一つは犬の顔。凶暴性をあらわにし普通の犬の持つ物よりも大きく鋭い牙を持っている。もう一つは鬼のような顔。皮膚は浅黒く顔中に恋皺が刻まれて目はそこだけが愛らしく丸くて小さな物がポツリと二つついていた。犬の顔は随分としたにありそこには犬の胴体もついている。毛はギザギザとして突き刺さったらいたそうで、手も足も大きく爪が長く鋭く伸びている。犬の胴体から鬼の上半身が生えていてやはり皮膚は浅黒く腕が二本、その内の一本は爪が長く、もう一本は肘から黒い刃みたいな妙な物が生えていて物を握るための手はなかった。先ほどまで多分この爪と刃のような腕で攻撃を繰り出していたのだろう。対する何かは前回の戦いでも見せた二つの鎌を両手に持っていた。

 ニヤリと妖怪に向けて何かが笑う。

 それに挑発されたかのように妖怪は何かに向かって走り出した。流石か半身は犬の体。とてつもなく早い。それに対して何かは余裕の体で構えていた。そんな何かに一直線で向かうかと思われた妖怪は途中でその軌道を修正した。

「へっ」

 間抜けな声が漏れた。妖怪が軌道を修正したのは何かに辿り着くと思われたほんの少し前で、その修正した軌道の前にいるのはどう考えても世夜だった。鬼の長い爪と犬の凶悪な牙の二つが世夜に向けられている。

 やばいと思う暇もなかった。そんなところまできている。グッと目を大きく見開く世夜の前でドスッと何かを殴る鈍い音が響いた。

「狙う相手間違っていますよ」

殴られたのは妖怪の腹だった。顔を歪ませた妖怪は一度後ろに退却する。その後を追い何かが走った。

「アンタはそこで大人しくしていてください」  何かが妖怪と戦うのに世夜は大人しく言うことを聞く。二人(二匹?)の戦いには何があっても関わりたくなかった。だから一歩一歩後ろに向かって歩いていた。前を向いたまま一歩一歩その場から遠離る。不意と見た後ろは何処までも果てしなく続いていてどれだけと置くいくことが出来るのだろうかと考えた。

 激しい音が前方からする。妖怪の爪と腕が何かが持つ鎌とぶつかり合っていた。

 二人同時に腕を引き、同じタイミングで攻撃を繰り出す。ギリギリと二つの刃が拮抗し、別の爪と鎌が撃ち合いを繰り広げる。下から狙ったり横から狙ったりと相手の動きの一歩先を行こうとにらみ合っている。剣劇を繰り広げている下、妖怪の下半身である犬は顔を激しく動かしながら何かにかみつこうと動いて、何かはトントンと軽やかに避けていた。妖怪が大きく体を捻らせてその勢いと力をこめて攻撃してくる。何かはそれを受け止めすっと下に下がる。振り上げるようにして犬の顔面を狙った。犬はそれを避けながら斜め後ろに回り込みかみつこうとしている。上の体はパァッと刃を離して両側から挟み込むように刃をふるう。上体を捻った状態では何かは三方向から一気に攻撃を仕掛けられている状況だった。

 あ、と世夜から声が漏れる。

 やられると思った。

 思わず目をつむった。

「ギャアアアアアアアアアア!」

 耳に響く叫び声。体が震えた。恐る恐る目を開けるとそこには世夜が思い浮かべていたのとはまた違う光景が広がっていた。

 何かの肩に突き刺さる妖怪の爪。

 犬の顔は足裏で食い止め、腕から延びる刃は片方の鎌で止めて、そしてもう片方の手で妖怪の腹を突き刺していた。

「あ、っが……、ぐぅうう……」

 妖怪の口から意味のなさないうめき声が聞こえる。よろよろとよろけた妖怪は数歩下がると膝を落としていた。肩に刃を受けたなにかも少しよろめいたがすぐに立ちなおして妖怪にと一歩向う。鎌を振り上げて目標へと向けて振り下ろす。

 やれると世夜はそう思ったけれど少し甘かった。うずくまっていた妖怪はそれでも次の瞬間には立ち直し後ろへと大きく下がっている。

 にらみ合いが始まる。

 妖怪の目はさっきよりも血走っていて口からは恐ろしい声が聞こえてくる。ゾワリとするような殺気があたりを包み込んで本気を出したことを悟る。もちろん今までだって本気であっただろう。だけどこれは違う。やられた怒りも相まって何をするかわからないそんな感じだった。

 形相を変えた妖怪が何かを襲う。何かも体制を整えて攻撃に備える。四つの刃がそれぞれ交わる。下の犬は今まで以上の激しさで何かの足元を狙っている。

 世夜はその光景をただ見ていた。彼が何をできるわけでもない。だからただ早く終わるようにと思い続けた。

 妖怪と何かは最初と同じように刃の打ち合いをしている。拮抗しあう刃。ふっと唐突に鬼が口を大きく開けて前に乗り出した。鋭い牙がのぞく。何かは慌てて身を引いて力任せに刃を払う。それに対して妖怪はさらに追いかけていく。

 ぐわぁと開いた口が獲物を追いかける。斬撃もそれに続いていき打ち合いながらもどこか押され気味になる。

 三つの攻撃が何かを襲い、体制をわずかに崩した。

 その隙を逃さずに犬の前足をあげてとびかかっていく。

 二つの刃も同時に襲い掛かり受け止めながらもさらに体制が崩れる。牙を向ける犬の顔を足で受けるが、とびかかってきた勢いが強いのか後ろ跳ね飛ばされた。吹き飛ぶ体はかなり遠くまで飛び、途中で床につくと受け身をとりながらさらに転がる。最初の位置からかなり飛ばされ世夜よりも後ろに飛んでいた。動きの止まった何かが起き上がろうとしているのを横目で見ながら、世夜はそれどころではなくなっていた。

 妖怪がこちらを見ている。さらに走ってくる妖怪の方向は何かを追いかけるのではなく世夜に向かっていた。

 顔から血の気が引いていく。今ここに世夜を守るものはなにもない。

 じっと襲いかかってくるのを恐怖で見つめる。どうにかしないとどうにかしないとと頭の中で言葉が回る。どうにかして妖怪が来るのを阻まなければならなかった。

 ぐるぐると考える世夜の頭にふっとこないだのことが思い浮かんだ。

『強く思えば思ったことの情報が頭の中に流れ込んでくるから、それを形にしようと思えばいける。流れ込んでくるのはこの電脳世界での情報なのでどうでも良いことが交じってるが、』

 そのことを言ったのは何かだった。前回もピンチに落ちいたときとっさに扉をおっもい浮かべることでそれを免れることができた。だから今回も何か状況打破できそうなものを考えるが何も思い浮かばない。こんな状況ではとっさにいいものなど思い浮かばないのだ。それでも何か何かと考えていると不意にあるものがたくさん頭の中に思い浮かんできた。いろんな色と種類のある、まあいろんな色と言ってもパッと思い浮かべるのは緑なのだけど……。

 そうさっきまでスレ内でよく話されていた野菜が世夜の頭には浮かんできていたのだ。

 そんなもの浮かんでどうすんだああああ! と叫びたい気持ちもあるが今はとにかくそれしか思い浮かばない。妖怪もすぐそばに近づいてきている。

 もうこれしかないと思った。

 たくさん出してそれを投げつけまくったら何かが変わるのではないかとあり得ないだろうけどそんな希望が浮かんできたのだ。頭の中ではたくさんの野菜の情報がぐるぐる回っていて世夜はそれが出ろと強く望んだ。

 光が手元に落ちるそしてその時にはすでに大量の野菜が現れていた。走ってくる妖怪に向けてとにかくそれを投げつけていく。何個かは当たるが全然聞いた様子はない。やばいやばいやばいやばいと心の中たくさんの焦りが生まれる。

 ああ、もうだめだと世夜が思ったその時、急に妖怪の下、犬がグゥワァアアアアアアア! とこの世のものとは思えない声をあげて苦しみだした。犬はひどく苦しそうであたりを滅茶苦茶に走り回る。当然世夜のことなどはもう見ていない。妖怪の上の部分もそこまでではないにしろ苦しそうにしている。何が起きたのかわからずに目を白黒して妖怪を見つめた。

「なんで……。どうして……」

「多分あれが原因ではないでしょうか」

 呆然とつぶやく世夜にいつの間にそばに来ていたのか何かが床に落ちているものをさしている。何だろうと見つめるとそこには茶色い皮に包まれた白い中身の何かが落ちていた。中はそうになっているようで何だろうと思ってさらにみる。食われた跡があるそれはどうも玉ねぎのようだった。

「玉ねぎ」

「はい。あなたがいろいろ投げていた中で偶然ですが口の中にあれが直撃しまして……」

「それでなんであんなに……」

「今日のスレで出ていたでしょう」

「へっ?」

「犬に玉ねぎは駄目だって」

「……あれ、犬か」

「犬なんでしょうよ。下半身は」

「そんなんありか」

 呆然と妖怪を見つめた。あり得ないと思った。あれに犬の弱点が効くとかなんだと叫びたい気分だ。そんな気分の世夜の横で何かは余裕に満ちた笑顔で笑った。

「じゃあ、ちょっととどめを刺してきますね」

 玉ねぎの攻撃に苦しんでいる妖怪はまだまだ回復の見込みがなくそんな妖怪に対して何かは無情にも切り付けていた。よけることのできなかった妖怪はあっさりと切り付けられ倒されていた。

 運がよかったのか何なのか、こんなのありなのかと深いため息が漏れた。

「じゃあ、帰りますか」

「おお……」

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