第30話

雪の女王を部屋へと案内すると、階段を降りて、俺は2人に言った。




「逃げよう! まともに接客なんてしてらんないよ」




「でも、バレたらどうなるか……」




 白鳥さんが不安そうに口にする。


それなら…… 




「控え室のバケツに水を入れて、扉を凍らせるのは?」




「そうか、それなら時間を稼げる」




 黒木さんが頷くと、白鳥さんに荷物をまとめるよう指示。




「ノラオは車のキーだ。 水は俺がやる」




 控え室に向かうと、バケツ一杯に水を汲んだ黒木さんが現れ、階段を上る。


俺はカナシオの破片を手で払って、キーを探した。




「あった!」




 キーを掴んで2階の黒木さんにそれを見せる。2階の縁から、黒木さんが俺に向かって合図をした。


指を3本立てて、それを折り曲げる。


3、2、1……


黒木さんが、水を扉にかけた。


瞬く間に、扉が凍り付く。




「急いで!」




 黒木さんが急いで階段を駆け下り、荷物をまとめて待っている白鳥さんの元へと向かう。


それぞれ荷物を持つと、俺たちはホテルの入り口から車へと向かった。
















 車に乗り込むと、黒木さんにキーを回して、急いでホテル付近から離脱。




「どこに向かうの!?」




 白鳥さんが叫ぶ。


空港に向かった方がいいのか?


それとも、この後に及んでオーロラ観賞?




「くっそ、ナビの操作、全然分からん」




 英語表記で、イマイチ勝手が分からない。


ようやく、向かう場所を選択する画面に辿り着くと、黒木さんが言った。




「……俺は、オーロラ観賞に行くぞ。 目的地はイエローナイフ市内の湖だ」




 イエローナイフの市内には湖があって、運が良ければそこに映り込むオーロラを見ることができる。


でも、今は命が危ない。


オーロラみてる場合か!?




「ちょっと待てよ、黒木さ……」




「頼む、2人共」 




 黒木さんが、頭を下げた。




「俺には、6才になる息子がいるんだ。 俺は、また息子と話をしたいんだ」




「どういう、ことすか?」




 黒木さんには、息子が一人いるとのことだが、ある日、こんなことを言われたらしい。




「日本が一番いいなんて、行ったこともないクセに!」




 黒木さんは、海外旅行なんて行く意味が無いと思っていたらしい。


世界遺産だってネットで見れる。


料理も日本食が一番口に合うし、治安だって日本が一番いい。


ところが、息子は星に興味を持ち、オーロラを見たい、とわめき始めた。




「オーロラなんて、写真で十分だろう!」




「パパの意気地なしっ! 本当は海外に行く勇気なんてないんだっ! かっこ悪いパパなんて、嫌いだっ!」




 それ以降、ずっと口を聞いてくれなくなってしまった。




「だから、俺は意地でもオーロラをみにいかなきゃならない」 




「……私も」




 次は、白鳥さんが語り始めた。




「私、実は専業主婦なんです。 旦那にずっと、お前は一人じゃ何もできないって。 だから、見返してやりたくて、今回のツアーに参加したんです」




 そうだったのか。


白鳥さんにも、後に引けない理由があるのか。


でも、目的に囚われると、おっさんみたくなっちまう。




「……」




 カナシオがいない今、俺がしっかりしねーとだ。


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