第8話

「おはようございます、徳田さん」




 おっさんが円陣の一人に頭を下げる。




「おざっす。 後で新入りの子の自己紹介、して貰うんで」




 日に焼けた30代くらいのガタイのいいおっさんが答える。


多分、この鳶のリーダーだ。


おっさんが俺に耳打ちしてくる。




「今のが徳田攻一さんで、ここの親方だ」




 徳田攻一。


略して特攻か。


……あんまり歯向かわない方が良さそうだな。


円陣に加わると、各自で軽くストレッチをする。


その後、自己紹介をするよう促された。




「えーと、金魚掬ノラオです。 現場は初めてなんで…… お、お願いしますっ」




 緊張したせいで、ちょっとどもった。


まあ、鳶なんていかにもイカツイ兄ちゃんって感じだし、囲まれたら若干プレッシャーだ。


自己紹介を終えると、何やらザワつき始めた。




「金魚掬って……」




「……ああ」




 そんな苗字が珍しいか?


タコ焼きとか、焼きそば、よりかマシだろ。


その場はそれで収まって、建物に向かう途中、鳶の一人に声を掛けられた。


さっきの親方より、ずっと若い。




「なあ、金魚掬カイトって、お前の親父?」




「……えっ」




 一瞬、俺の心臓が跳ねた。


金魚掬カイトは、俺の親父だ。




「……それが、何だって言うんですか?」




 まさか、この現場にいるのか?


俺の心臓が、どんどん大きくなる。


もしそうだとしたら、すぐにでもここから逃げ出したい。


嫌な汗がにじむ。


すると、




「大変だったんじゃね?」




「大変……」




 虐待のことを知っているのか?


若い兄ちゃんは、続けた。




「ほら、カイトさん、組とトラブルになって、人身売買で飛ばされたじゃんか」 




 ……人身売買?


さっぱり、訳が分からない。


俺が、かなり昔に家出して、親父とも連絡を取ってない事を話すと、説明してくれた。




「マジか…… いや、カイトさん、俺らと一緒に働いてたんだけど、手癖が悪くてさ。 それで、この現場に出入りしてたハレナ組っつーヤバい奴とモメたんだよ」




 ハレナ組の中に、ヤクザとかと繋がってる奴がいて、そいつが傷つけたくないっつー理由でロッカーにしまっておいたロレックスを、親父がパクったらしい。


それを腕に巻いてたのを見つかって、ボコボコにされた後、こう言われたとのことだ。




「そんな汚ぇ時計いらねーよ。 100万弁償しやがれ」




 それから、何やかんやあって、奴隷として海外に売り飛ばされたっつー話だ。




「……」




 俺は、困惑した。


親父が奴隷として働かされてるなんて……


かといって、助ける気はさらさらない。


自業自得、だ。




「ハレナ組には気を付けろよ。 ピンクの作業着の電気屋だ」




 人身売買が現実にあることにショックを覚えつつも、俺とおっさんは作業に入った。


















 仕事の内容は、足場の設置。


塗装屋とかの職人が、外壁作業をしやすいように、俺らで周りに足場を組み立てて行く。


 まず最初に、鉄の棒やら手すりをトラックから降ろしていく。


それを建物まで持っていって、監督の指示に従って設置。


足場の1段目を立てて、向かいにも同じのを立てる。


真ん中にそれらを支える為の棒を通して、しっかり固定。


腰道具に、固定するための工具が差してあるから、それを使う。


俺は、シノ(片方がラチェット、片方がとんがった鉄の棒)を使い、接続部分を締め込む。


午前中は、1段目を設置して午後から2段目の設置をすることになった。

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