第四百五十八話 三姉妹の絆編 その六
手当をし、そのまま店内へ。
「いらっしゃいませ、現在満席となってますので名前を書いてお待ちください」
おー……パクリの割に意外と繁盛してるな。
「もう血文字は良いからな?」
「分かってますよ」
今度は血文字ではなく、きちんとペンを使って名前を書く。
書き終えた後、私の隣にもう一度座る。
「なあ……」
「どうしました?」
「本当に良かったのか? 記憶喪失で自分の事が分からねえのに、私と友達になりてえとか」
「……?」
「だから、今はこんな事してる場合じゃねえだろ? 一刻でも早く、自分の記憶に繋がる何かを探そうとか思わねえのか?」
「……どうなんでしょうね。私にもよく分からないんです」
「え?」
「確かに自分が何者なのかとか……初さんにとっては大事なのかも知れないです」
「体験してねえからどんな気持ちかは分かんねえけど、流石に想像したらゾっとするな」
「でも私は……意外とそんな事どうでも良いんです」
「どうでも良い?」
「はい。何となくですけど、周りに困ってる人がいたら相談に乗らなきゃ、助けなきゃって思うんです」
「何か目的でもあんの?」
「もし上手くいけば、今の初さんと私のように友達になれるかも知れないじゃないですか」
「お、おう……」
まだ全然そうは思えねえけど。
「私は忘れた家族や前の友達より、今こうして一緒にいてくれる友達の方が大事なんです。忘れた記憶の中にいる仲間に縋るより、こうして今目の前にいて、話してくれる友達なら、自分の意思で大事に出来るじゃないですか」
「そ……そうだな」
色々抜けてる割に、すげえ考えを持ってんだな……。
なんつーか変な方向にポジティブっていうか。
「初さん」
「?」
「貴女は今の人間関係や家族に悩んでますよね」
「まあ……そうだな。あ、別に記憶は失いたくねえぞ?」
先輩の事を忘れるわけにはいかねえ。
「分かってますよ。貴女は私とは違う。例え忘れても、皆の事が大事だと思うんです」
「大事……そこだけはお前の目が節穴である事を疑うけどな」
「本気で言ってるんですよ」
「どうだかな……」
「周りを気にしてあげられる程優しい貴女を、私は守りたいんです。だから、もうどうか独りで悩まないでくださいね」
「お、おう」
「お二人でお待ちの上杉様、こちらへどうぞ」
「呼ばれたみたいですね、行きましょう」
※※※
席に着き、私と心美はメニューを見る。
「見た感じメニューも普通だな」
三姉妹あるある……不意に立ち寄った店のメニューが頭おかしい。
だが今回はそれがなしだ。
「よし」
「決まりました?」
「あ……いや。まだ」
そういやこいつ……何故か心の声聞こえてねえんだよな。
あくまでもシリアス編のキャラだからだろうけど……。
こんな頭の抜けてる奴が何をするんだ?
「どれも美味しそうで迷いますね」
今は気にしても仕方ねえか。
何もなかったとしてもそれはそれでうちらしいし。
「初さんは決まりましたか?」
「お、おう」
私の返事を聞いて心美が手を挙げる。
「すみませーん」
※※※
「ん~! ここの珈琲、結構美味しいですね!」
心美が眼を輝かせながら感想を告げる。
「そうだな」
私もそんなにではないが、美味しいとは思う。
遠藤の店の珈琲に勝るとも劣らない味だ。
「お前、記憶失ったからかどうか分かんねえけど、随分珍しいものを見てる反応だな」
「どうなんでしょうね、確かに記憶を失ってから何も食べてなかったですし……」
「そうなんだな」
「今の私にとっては、こういうのを口にするのはとっても新鮮な気持ちです」
「羨ましいな」
他の奴はどうか知らんが、私は初めて珈琲を美味しく飲んだ時の記憶など覚えちゃいない。
こいつとは反対によっぽど良い事がないと感動とかしないのかも知れねえ。
「これだけで感動してたら他の事どうなんだろうな」
「私はもっと初さんと色んな事をして、感動してみたいです!」
もうこいつの中では、私と仲良くなる事は確定事項らしい。
だが……一つ問題がある。
「てかさ……記憶喪失な上に公園で目覚めたってお前に一つ質問がある」
「なんでしょう?」
「金……あんのか?」
「……」
持ってねえんだな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます