第三百三十二話 江代の恋 その十三


「貴方が……」

「はい。藍田白世です」

 

 初めてだ。こいつがこんなに頼もしく見えるのは。

 

「性格はアレだが、腕だけは確かだ」

「一言余計だぞ」

「……頼んだぞ」

「ああ」

 

 そのまま手術が始まった。

 

「……大丈夫か?」

「残念だが私に出来んのもここまでだ。あとはあの子自身の生命力に賭けるしかねえよ」

「……」

 

 江代は頭を下げる。

 

「顔上げろよ。お前は闇の騎士なんだろ? 自分の大切なものくらい、守れると信じてみろよ」

「……そうだな」

 

 私らしくもねえな、こんな台詞。

 だが頭下げて落ち込んでるだけなんて、江代らしくねえって思うんだ。

 

「今だけは、私も貧乳の銃士だ。私の恋の手伝いをするって約束、忘れんなよ?」

「ふっ……妙に優しいと思ったら、それが狙いとはな」

「当たり前だ」

 

 見返りが無かったら、多分こんな事はしない。

 ……かも。今は分からない。

 

「……」

 

 江代は眼を閉じ、謎のポーズを取る。

 彼女なりの、祈りなのだろう。

 

「そのポーズは御免だが、私も」

 

 私も両手を合わせて、目を閉じて祈る。

 

※※※

 

 それからどれだけの時間が流れただろうか。

 看護師が夜食に渡してきたサンドイッチを二人で分け、珈琲を二人で飲み、日付が変わって。

 祈る力も奪われて。

 

「諦めるな……吾は闇の騎士だ!」

 

 静かな声で、江代は自分を奮い立たせる。

 私も江代の肩を借りながらだが、何とか起きていた。

 

「……」

 

 そして、手術中の文字が消える。

 疲労し切った様子の藍田が、手術室から現れた。

 

「……」

「おい、藍田……」

 

 そのまま藍田が浮かべた表情は……満面の笑み。

 

「こんなん奇跡としか思えねえが……手術は無事成功だ」

「!」

 

 その言葉を聞いて、江代は驚いた表情を取り……そして泣いた。

 

「……良かった……本当に……」

「……」

 

 私も隣で、薄く笑む。

 

「ったく、あんな高難易度のオペ……俺みたいな奴の仕事じゃねえだろ……」

「変態の医師、褒めてつかわすぞ」

「何で上から目線なんだよ。まあ良い、報酬はあとでお前からもいただくからな」

 

 女子高生から報酬貰う大人って何なんだよ。

 

※※※

 

 その後藍田から、詳しい話を聞いた。

 少し長い時間にはなるが、経過を見て、問題なければ退院し普通の生活が送れると。

 

「……」

「……」

 

 しばらくして、彼が目を覚ます。

 まだ呼吸器が口に取り付けられていて、喋るのもまだ完璧ではない。

 

「……江代、ちゃん……?」

「頑張った……貴様はよく頑張った。生きてくれて、吾は嬉しいぞ……」

 

 江代は私に背を向けて、泣き続けている。

 

「泣かないで……江代ちゃん。笑ってよ……」

「無理だ……これが泣かずにいられるか馬鹿者……」

 

 彼は江代の頭を撫でていた。

 

「……これからも、ずっと傍にいてくれ……闇の騎士との約束だ……」

「うん」

 

 私は、そんな二人の姿に笑顔を浮かべた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る