第三百三十一話 江代の恋 その十二


「まあでも、安心した。お前になら、江代を任せておける」

「初さん……」

「でもあいつ、意外にワガママで泣き虫な所あるから、そういう時は怒ってやれ?」

「了解です。お義姉さん」

 

 もう結婚したみたいな感じになってる……。

 

「そろそろ病院に戻りますね」

「おう」

 

 彼は立ち上がり、そしてゆっくりと歩く。

 しかし……。

 

「う……ぐぐっ……」

 

 急に苦しそうに胸を押さえ始めた。

 

「お……おい大丈夫か!?」

 

 彼は何も言わず、そのまま倒れる。

 

「そ、そうだ。救急車呼ばねえと」

 

※※※

 

 公園に救急車が到着するのに、そう時間は掛からなかった。

 最寄りの病院で応急処置が行われた後、彼はそのまま入院先の病院まで移動する。

 彼女である江代に連絡し、彼女は必死そうな表情で病院に現れた。

 

「おい、あやつは……あやつはどこだ!」

「……」

 

 私は申し訳なさそうに病室を指さす。

 既に彼の両親も病室を訪れており、目を開けない彼を涙を流しながら見ていた。

 

「先生……」

「あの子の知り合いか?」

「はい……」

「そうか。病気の話は聞いたかな?」

「はい」

「……あの子は、もう永くない。重い病気を持って生まれ、それでも治療の苦痛に耐えながら頑張ってもらっていた。しかし、私では彼を助ける事は出来なかった……」

「そんな!」

「残念だが事実……外出を許可したのも、彼の余命を知った上でのこと。もとよりこうなる事は分かってました……」

「……」

 

 目の前で両親が退出する光景が入る。

 江代はまだ病室にいるまま。

 

「帰るのか? お前ら」

「はい。あの子が死ぬところを見たくないんです……」

「ええ」

 

 涙すら枯れた、とでも言いたげな無気力な目で答える両親。

 そんな光景を見て、私が怒らないわけがなかった。

 

「……最低だな、テメエら」

「な、何を言って」

「ふざけんな!」

 

 私は父親の顔を殴り付ける。

 

「病室にいるあいつ見てみろよ! あいつは泣き虫だけど、テメエらよりすげえ立派だ! 馬鹿かも知れねえが、あいつは彼が生きるって信じてんだよ! 簡単に諦めて捨てるんじゃねえぞ!」

「……」

 

 ……私達は、馬鹿なのかも知れない。

 それでも、家族を簡単に見捨てるような奴を私は許せなかった。

 

「私は帰さねえぞ……。テメエらみたいな家族が死ぬとこも見たくねえとかほざく腰抜けを、私は許さねえ……」

「落ち着くんだ初さん!」

「……」

 

 先生に取り押さえられる。

 その隙に家族は、ゆっくりと私の前から立ち去った。

 

「…………」

 

 私は、何も出来ねえのか……?

 泣いてる家族の為に、何も……。

 

「大丈夫です。貴方も仰ったように、まだ可能性はあります」

「?」

「実は万が一の時の為に両親から許可はいただいたのですが、今晩手術を行う予定です」

「手術……」

「ただ私にとっては、ほぼダメ元に近い手術です。すみません。ただの技術不足で……」

「手術自体はやってくれるんだな?」

「は、はい」

 

 立ち直りが早くてすまない。

 だが今気づいた。手術するってんなら、とっておきの方法がある。

 

「私の知り合いに医者がいる。メンバーにそいつを加えることって出来るのか?」

「出来なくはないですが、恐らくは」

 

 そう言われ、私はあいつにメッセージを飛ばした。

 変態ではあるが、腕は確かな医者。

 

「……こんな時間に、何の用だよ……」

「待ってたぞ。お前が来るのを」

 

 藍田白世に。

 

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