第六話 ナンパに行こう

今日は休み。私達三姉妹は――渋谷に来ていた。

 行こうと言い出したのは姉さん。流石に滋賀から来た人など相手にしないとは思うが、そんな事など耳にも入れず、私達から勝手に金を奪った。

 渋谷駅の改札を抜け、辺りを見渡す。

 ナンパの聖地と言われているだけあって、辺りにはナンパ待ちやナンパしようとしている人が大勢。

 人がゴミのようだ、という台詞はこの状況にこそ相応しいと思う。

 

「さて、どいつから行くんだ?」

「私から行かせてもらうわよ」

「超不安だが、言い出しっぺはお前だからな。おう、行ってこい」

 

 そのままステップしながら進む姉さん。

 ターゲットはちょいイケメンな男子高校生。身長も高校生にしては高い。

 姉さんは目の前に立ち、声を掛け――ず。

 

 抱き付き倒した。

 

「やっと捕まえた~! ねえ私とデートしない!? いいでしょ~?」

 

 男は、白目を剥いていた……。

 

※※※

 

「なにやってんだお前!」

「な……なによ……」

「危なかった……マジであれはポリスメン沙汰になるとこだったぞ」

 

 間一髪、近くの公園に避難した。

 あの時、周りでは通報しようとしていた者が多数いたからだ。

 あのままだったら、確実に捕まっていただろう。

 

「ふっ……ここは吾が口説いてみせよう」

「おい、姉さんみたいな真似はダメだからな?」

「分かったおるぞ貧乳の銃士。そこで黙って見ていろ」

 

 まあ江代なら、まだマシな事が出来そうな気がする。

 江代のターゲットは、小柄でショタ系の男子高校生。

 彼の前で訳の分からない構えをし、

 

「ふっ、ここで出会えたのも何かの運命。吾と罪な茶会を――

 

 ものの見事にスルーされた。

 

※※※

 

「なぁぁぁぁんでだよぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 泣き虫江代さんの登場です。

 取り敢えず、この二人にナンパの素質が無い事は明らかになった。

 

「じゃあ初、アンタが行きなさい」

「はあ?」

 

 いや、あのなあ……。

 

「ぶっちゃけ私、ナンパとか興味ねえのよ。簡単にナンパとかするお前らの精神どうかしてると思うわ」

「どうでも良いから早く行きなさい処女の極み」

「分かったよ行けば良いんだろ! アァン!?」

 

 公園の中から、手頃な男を探す。

 お金は持って無さそうだが、容姿が私と同じレベルくらいの男子高校生に狙いを定め、歩き出した。

 そして、話しかける。

 

「き、キミ。わ、わ、私と。お、お、おお茶ししししししませんかかかかかか?」

 

 しまったァァァァァァァァ! 思い切り緊張してしまったァァァァァァ!

 多分断られるな。ほぼ確信しかけていたが、答えは。

 

「いいよ。どこでするの?」

 

 なんか、あっさり成功しちゃった。ナンパって意外と簡単だな。

 

「じゃあそこのスタバに行きませんか? 私の姉さんと妹も待っているので」

 

※※※

 

 それから連絡先を交換したり、珈琲を飲んだりして……時間はあっという間に過ぎた。

 渋谷駅に到着する頃には、もう空は暗くなっていた。

 まだ付き合いが決まったわけでは無いが、このままなら三人の内誰かが彼氏いる歴零年を卒業出来そうな気がしている。

 

「あー楽しかったな。さて、帰ろうぜ姉さん」

 

 今お金は、姉さんが握っている。

 財布を取り出して、三人分の切符を買おうとしていたのだが。

 

「二人分しか無いわ……」

 

 はァァァァァァァァァァ!?

 

「どうすんだよ! どうやって滋賀まで帰んだよッ!」

 

 姉さんは表情一つ変えずに、

「三人の内誰かは歩いて帰る」

「無茶言うな!」

 

 親を呼ぼうにも、東京に行った事は内緒にしていたし、ナンパの事がバレたら……。

 歩きで帰る奴を決めなければ。

 

「姉さん、お前が歩きで帰れ」

「はあ? 何で私なのよ」

「お前が無駄遣いしたせいだろ!? 私止めたのに! 運動得意なんだから一日で走ってけよ!」

「自分が無茶苦茶言ってるって分かってる!?」

 お前がそれ言ってもブーメランにしかならんぞ。

 

「アンタの人選に問題があったのよ! アンタが歩きで帰りなさい」

「はあ!? ナンパしろって言ったのお前だろ!?」

 

 私悪くないよな?

 

「しょうがないわね。じゃあ江代、この前私、アンタに漫画奢ったよね。アンタが歩いて帰って」

「いやなんでッ!? それ今回関係ないじゃん!」

 

 普段から邪気眼を崩さない江代も、今回は大声で反論した。

 

「あーもう分かった。じゃあここは無難にじゃんけんでいこう」

 

 畜生……そうするしかねえのか。

 

「「「さいしょはグー! じゃんけんホイッ!」」」




「「「あいこでホイッ! あいこでホイッ! あいこでホイッ……」」」

 

 私達三人でのじゃんけんが始まって、三時間が経過した。

 そろそろも息も切れかけて、集中力も無くなってきている。

 脱力して、呼吸を整える。

 

「はあ、ダメか。もう実力行使しかないわね」

 

 姉さんは拳を握る。

 江代もそれに同意し、バッグから木刀を取り出した。

 

「おいバカッ! また通報されるぞッ!」

 

 止めようとした。だが、もう二人は止まらない。

 淀子姉さんは拳を江代に向けて滑走し、江代も見た事のある構えで滑り出す。

 

「はああああッ!」「牙〇・弐式!」

 

 やめろォォォォォォッ!

 

 二人の激突。しかし姉さんの拳が、江代の腹を貫くのが早かった。

 その場で崩れ落ちた江代に、姉さんは言う。

 

「何年掛かっても、私は倒せないわよ。残念ね江代。不本意だけど、私は初を連れて――

「言った側から、また油断。馬鹿は死ななきゃ治らない――〇突・零式!」

 

 江代の攻撃。しかし姉さんはそれを防ぎ、左拳で江代を吹き飛ばした。

 

「油断? 何の事? これは余裕よ」

 

 再び立ち上がる江代。木刀を中段に構え、

 

「まだだ、まだ終わらんよ!」

 

 両者は再び激突する。

 

※※※

 

 午後十時五十分。まだ戦いは続いていた。

 私も歩いて帰るなど絶対に嫌なので、逃げていたが、三人全員既に死にかけている。

 もうこいつらは仕方ないな。そう思って、私は言う。

 

「わーったよ。私が歩いて帰ってやるから、お前らは電車で帰れよ」

 

 淀子姉さんと江代が眼をうるうるとさせながら、こちらを見る。

 

「「ありがとう。初」」

 

 淀子姉さんと江代が電車の切符を買おうと歩く。しかし。

 

『本日の電車の運行は終了しました』

 

 私達三人の戦いが終わるのを、終電は待ってくれなかった。

 その九日後。スタバで出会った彼は親から遠距離恋愛を禁じられたらしく、それ以来メッセージは返ってこなかった。

 

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