epilogue

最終話 自動車

 カタッカタカタカタッ。


 アスファルトで舗装された道を、一台の自動車が走っている。




 外からガシャコンガシャンという耳障りな音が車内にまで聞こえてくる。


 運転席に座っているエリザベスは、音がした窓の外に目を向けた。すると、建物が壊されていた。


「今まであそこに何があったんだっけ……」


 誰かに答えてもらおうとするわけでもない、独り言だった。


 ハンドルを握りつつ記憶を漁っていると、こんな台詞を思い出した。




“あれはな、紡績工場だ。とーっても大きな工場だろ。たっくさんの人が働いているんだ。敷地が広いのはそれだけじゃない。働いている人のお給料は全部、寮での家賃になっているんだ。朝から晩まで働いて、寮の床でごろ寝する。ご飯は1日に少ししか食べさせてもらえない。シャワーなんてない。一度働き出すと死ぬまでやめさせてもらえない。そんな辛い生活を送っているんだ。――あ、ほら、あそこ。左手に見えるのが寮だ。いうなれば、ブラック企業だな。実際に、ここの紡績工場は“第2のアウシュヴィッツ収容所”と陰で言われているんだ”




「小さい頃、お父さんが言ってたなぁ……」


 あの時に怯えていた、鋭い柵で囲まれた大きな建物はもうないといっても過言ではない。壊されつつあり、もうすぐ更地になるのだろう。


「それから何年かして、あの工場から逃げ出してきたルイスくんに出会ったのか。将来の夢とか、進路のことでいさかいがあってお父さんが追い出してしまったけど、元気にしてるかな……。別の場所で幸せに生きてるといいな」


 エリザベスは知る由もない。ルイスが説得して、紡績工場を畳ませたことを。


「少なくとも、この工場がなくなったことに感謝しよう」


 紡績工場が人を束縛する糸を紡ぎ出すことはもうないのだ。きっと、そこで働く人々は糸を断ち切り新たな人生を始めるのだろう。


 エリザベスは工場跡地に一礼し、アクセルを踏んだ。


 揺れの少ない舗装された道を、一台の自動車は去って行った。




 かつて地球上ほし地球上どこか──いや、紡績工場。これは、その紡績工場で夢を描き続け、人々を幸せにしようとした少年の物語。

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