第17話 創業者

「……そうかもしれないな」


 工場長は、シャンデリアではなく天井でもなくその遠くにある何かを見ていた。


「改めてお伺いします。どのようなこの工場を創業しようとした時、あるいは始めた時――どのようなことを考えていたのですか?」


 そう問うたルイスの声に、急かすような意味合いは感じられなかった。


「どんなことを考えていたんだろうな……。もう人生の半分以上前のことだ、忘れてしまったよ。ただ――人を苦しめたいなんて、辛い思いをさせたいなんて考えたことは一度も、一秒たりともなかった。それだけは言える。ここで働いている人全員が仲良しで、お互いを家族だと思えるような存在にしたくて、寮を造ったんだ。なのに、工場経営が上手く行かなくて……。従業員が過労死していくのを見ていることしか出来なくて。自分は人間性なんて微塵もない人殺しなんだ――」


「それはありません」


 工場長の話をルイスが遮った。


「私は経営者失格だ。生きる価値がない」


「それはありません。人間性はあるし、生きる価値もあります」


 ルイスははっきりとそう告げた。


「なぜそう思うのかね?」


「人間性が微塵もない人殺しなら、罪悪感にさいなまれることはないでしょう。話を聞いていて疑問に思ったのですが、“餓死した人は崖の底で眠っている”という噂は本当ですか?」


 ルイスは約10年前に聞いた噂を覚えていた。苦しかった、辛かったからこそ記憶しているのかも知れない。


「それは根も葉もない噂だ。私は毎日山の上のお墓にお参りに行っている。1週間に1人は餓死する人がいるというのも噂に過ぎない。私はこの工場を17年経営しているが、餓死したのは4人だけだ。……人を死なせてしまっている時点で胸を張って言えることではないがね」


 ルイスは目を見開いた。


「……そうだったのですか。僕自身、その噂を信じていました。申し訳ないです」


「仕方のないことだよ。……なぁ、ルイスくん。私はどうすればよかったのだろう? これからどうすればいい? こんなことを言える立場ではないが――助けて欲しい。こんな悪者になるつもりはなかった。罪を償いたいんだ」


 そう言った工場長は、到底あの台詞を監視員に言わせた人には思えなかった。


「工場長、お訊きしてもいいですか? 夢を描くことは罪だと思いますか?」


「そんなはずがないだろう」


 工場長はそう断言した。ルイスは少し驚いたのか、目が泳いだ。


「もうひとつ。監視員が口を揃えて言う“お前らは土に還るために生きている”というのは?」


「私は馬鹿だった。工場をまとめるために、そんなことを言ってしまったんだ。やはり、私は悪者でしかないな」


 数分考えたのち、ルイスはこう問うた。


「……アドルフ工場長。この紡績工場を畳む勇気はありますか?」


「あります。……以前から畳まなければならないと思っていたのだが、背中を一押ししてくれる人が必要だったのかもしれないな。仮に工場を畳んだとしても、監視員や従業員は職を失うことになる。彼らをどう助ければいいのか分からなくてね」


 工場長は落ち着いた声でそう返したが、徐々に不安そうな声になっていった。


「まずは一歩。一歩踏み出せば、少しずつ変わっていくはずです。踏み出さずに足踏みしていたら、何も変わりません。工場長は勇気があるのだから、変われるはずです」


 力強いルイスの声に工場長は頷いた。

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