第16話 応接室

「たしかに僕は今、夢を叶えて、生きたい場所で生きてる。でも――」


 ルイスはタクシーのドアを勢いよく閉めた。ばんっという音が周りに響いた。驚いたマイクが一歩あとずさった。


「――さっきマイクも言ったでしょ。夢はひとつじゃないって。皆を心から笑顔にしたいっていうのも、僕の夢なんだ。この工場は嫌いだけど、逃げ続けるわけにもいかないから。だから皆を救けに行きたい」


「……ほんとに立派になったな。まぁ、意思が固いのは前からか?」


「ううん。マイクと出会ってから。あの時に出会えてなかったら、僕は未だに紡績工場収容所にいたんだろうなって思う。だから感謝してます」


 へこりと頭を下げたルイスにマイクは否定の意味を込めてひらひらと手を振った。


「やめろ、俺なんもしてないから。……じゃあ、行くか」


 2人は、紡績工場の正門へと向かった。




「今までマイクに頼ってばかりだったから、僕ひとりで行かせて」


 正門の奥でそんな声がした。




 暗く狭い殺風景な部屋。書類が山積みになっている机とパイプ椅子。そこに座っている還暦前の男性は、独りで長い溜め息をついた。


 コンコンコンコン。


 隣の部屋――応接室の扉がノックされた。


「お忙しいところすみません。13thirteen17seventeenと申します。アドルフ工場長。少しお話しさせて頂けないでしょうか」


 還暦前の男性――アドルフ工場長は立ち上がって隣の部屋を仕切っているドアを抜け、応接室のドアをゆっくりと開けた。


「君が10年前、ここから脱走した子のひとりだね。どうぞ」


「失礼します」


 13‐17――ルイスは緊張した面持ちで応接室に足を踏み入れた。


 向き合っているふかふかのソファーの間のローテーブル。その中央には小さな花瓶がある。そして、その真上にある小さなシャンデリアが部屋を明るく照らしている。少し前まで工場長がいた隣の部屋とは比べ物にならないほど豪華な部屋だ。

 工場長はルイスをソファーに勧め、自分も反対側に座った。


「13‐17――いや、ルイスくん、というそうだね。正門にいた警備員2人を説得してまでここに来た理由は? まさか再びここで働きたいなんて抜かさないだろう?」


「……工場長は、この工場をどのような思いで始めたのか訊きに来ました」


 ルイスは顔を上げ、目を逸らしたくなるほど真っ直ぐな眼差しを工場長に向けた。


「……それを私から聞き出してどうするんだい? ここが収容所と呼ばれていることくらい昔から知っている。それでも私はこの工場をよりよくしようと、ホワイトな企業にしようと努力しなかった。今さらどうしようもないよね?」


「努力しなかったのではなくて、努力出来なかったのではないですか?」


 ルイスは、工場長の心に直接語りかけるようにゆっくりと言った。

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