第8話 闇空

 開いた扉の先にあったのは老朽化した木製の柵。それと全てを吸い込んでしまいそうな暗闇。ヒュウゥ、ヒュウゥという音が風の音だと理解するには時間がかかった。外に足を踏み入れると顔に風が当たった。冷たかった。顔を上に向けると満天の星があった。


「あぁ……」


 ルイスは感動の余り言葉にすることが出来なかった。


「こういうのを“美しい”って言うんだよ」


「美しい……?」


 いや、感動を表現する言葉を知らなかったようだ。しかし、たった3文字――音数にして5文字で今のルイスの感動を表せるのだろうか。彼は何年間も外に出ていなかったのだ。風の音も冷たさも、満点の星も。ルイスにとっては、全てが新鮮だった。紡績工場収容所で働き出すまでは、毎日のように見ていたのかもしれない。今となっては、覚えていないのだ。


「……懐かしいよ。……あの時と変わっていない。憎たらしいな、この景色の全てが」


 空をあおいでいるマイクの目がきつくなった。歯ぎしりが聞こえ、握り締めたてのひらには爪が食い込んでいる。


「……マイク?」


「風は僕の不安を煽り、闇空は状況を誇示する。……僕はっ……ピーターにっ……裏切られたんだっ……」




 マイクの一人称は“僕”になっていた。


 沈黙を破るべく、ルイスは重い口を開いた。


「ねぇ、マイク」


「一緒に脱出するって約束したんだ。指切り拳万げんまんもした。あのときに、あの温もりに誓ったのに…。あいつは俺をおとりにしたんだ。2人でこの収容所から逃げられる、そう確信した瞬間に。ほんとは1000本の針を飲ませたかったんだけど、なかったからその場にあった枯れ枝を必死に投げつけたよ。大した戦力にはならなかったけどね。そしたらあいつはこう言ったんだ。“今度、救けに行くから。それまで待ってて”って――。今まで信じてたんだ。信じようとしてたんだ。信じようと頑張ったんだ。でも、もう不可能だ。この景色があまりにもあの日の景色に似ているから」


 マイクは死んだ魚のような目で途切れずに話した。ルイスは、彼はいつ息継ぎをしているのだろうと、冷静に考えていた。それは、答えを出すために考えていたのではなく、現実逃避をするために考えていたのだが。


「ピーターさんが救けに来るのは今日なんじゃない?」


 ルイスの口から出てきたのは根拠のない言葉だった。彼自身も、特になにも考えずに言ったことなので、説得力はなかった。


「……っあのなっ」


 発言に責任を持てよ、と言おうとしたが口をつぐんだ。マイクはさっきから人の愚痴ばかり――発言に責任を持てないことばかり言っていたのだ。


 マイクは深呼吸して、小さな声で「ごめんな」と言った。

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