第5話 作戦

「そりゃ怖いけど。余計に怖がってたら命落としそうだから」


 ほぉ、とマイクは少し感心したように言った。


「話を続けるぞ。それで、通路を抜けると裏口に出る。裏口は、理由は不明だが監視カメラが設置されていないから寮の外に出られる。すると、すぐ近くに東門がある。東門は長年使われていなくて、存在も忘れられているから老朽している。その門を壊して脱走しよう。日没――アドルフ工場長の生誕祭が始まったら計画を決行する。いいな」


了解ラジャ


 第2レーンで話し合って決まったことは決行日――工場長の誕生日ということだけだった。監視員に盗聴される恐れがあると気付いたのは、決行日を決めた後だったからだ。その情報が監視員彼らに伝わっている可能性はある。だが、開き直って決行日を変更することはなかった。また、この日は、監視員は生誕祭に参加する義務があるため、警備が手薄になる。さらに、多くの人がお酒で酔ってしまうため、生誕祭が終わった後も動きが鈍くなる。ピーターが脱走に成功したのもこの生誕祭の日なので、すんなり決まった。1年に1度しかない、絶好の機会なのだ。――紡績工場収容所から脱出したいと願うごく一部の人にとって。


 脱出方法に関しては、マイクにまかせっきりだった。ルイスは初めてマイクを見たとき、爽やかな笑顔を信用してはならないと警戒していた。だが、今では完全に心を許し、信頼していた。人を信用して生きられることをルイスは誇らしく思っている。


「それから、脱出した後は正門に回って正門にロープをかけておく。誤誘導ミスディレクションとしてだ」


 ルイスは心の中でマイクをあがたてまつった。ここまで緻密に計画されていると思っていなかったからだ。また、細かく計画しておかないと捕らえられてしまうのかもしれないと思い、恐怖心に駆られた。マイクを見ると、先ほどよりも緊張した面持ちだった。


「もうすぐ始まるかな、生誕祭」


「あぁ。さっき日が沈んだからな」


 その時。鐘の音が辺りに響いた。それは、生誕祭開始の合図であり、脱出劇の開幕を知らせるファンファーレでもあった。いや、ファンファーレにしては暗いだろう。彼らの行く末を暗示していないことを祈るばかりだ。


 マイクは鐘が鳴り終わると同時にルイスについてこい、というジェスチャーをして歩き出した。


 従業員は夢の中にいることだろう。


 彼らは足音を立てないようにして奥へと歩く。


「寮ってこんなに広かったんだね。探検しようとか考えたことなかったよ」


「あぁ。…ここだ」


 呟いたマイクは“立ち入り禁止staff only”と書かれた扉を開けた。キィッという音を立てて鉄の扉が開いた。その扉の奥にあった物とは――。

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