第3話 約束

「そう、俺にマイクという名前を授けてくれた友達さ」


 ルイスは安堵の溜息をいた。“働いていた”という過去形の表現に引っ掛かりを感じていたのだ。餓死してしまったのではないだろうか、という考えが頭から離れなかった。食事は1日1回、黒パンと脱脂粉乳という僅かな食糧しか与えられないこの工場では、餓死する人が少なくない。1週間に1人はいるだろう。ルイスが今まで生き延びているのも幸運なことなのだ。餓死した人は、上層部――監視員達によって跡形もなく始末される。噂では、近くの崖から投げ落とされているらしい。崖の底では、大量の死体が腐敗しているのかもしれない。


「――聞いているのか、ルイス」


「あ、はい。……何を?」


 マイクに話しかけられたルイスは我に返った。


「聞いてなかったのかよ。ピーターが脱走したとき、俺が一肌脱いだんだ。工場を脱走するのはピーターが初めてで、誰かが工場に残る必要があった。見張りとか、おとりのようなものだな。それが俺の役目だった。あの時は置いて行かれたが――。今回は脱出する。脱出してやる」


「それって、つまり、僕は――」


「心配するな。ルイスは囮になんかしない。お前に、俺が感じた孤独を味わわせたくないんだ。2人で行こう」


 ルイスは一瞬嫌な予感がしたが、マイクの台詞を聞いてその嫌な予感はどこかへ消え去った。代わりに、マイクをリスペクトする気持ちが生まれた。


「僕、マイクを尊敬する。マイクについてく!」


「そうか、じゃあ、ここから抜け出そう。男の約束な」


 嬉しそうな笑顔でマイクは拳を突き出した。ルイスは、ぎこちなく口角を上げてマイクの拳に自分の拳を当てた。


 その時。再び監視員がやってきた。


13thirteen17seventeen11eleven29twenty-nine。何故手を止めているんだ。お前らは土に還るために生きている。そうだろ? だから働け」


「「はい」」


 再び2人同時に鋭く返事すると、監視員は去って行った。


「じゃあ――また明日。この第2レーンで会おう。ここが俺達のとりでだ」


 マイクは、彼が担当しているレーンに帰って行った。


「砦……か」


 ルイスは自分にだけ聞こえる声で呟いて作業を再開した。


 彼が作業する能率は多少上がっていた。マイクに出会って、希望の光が見え、少し気が軽くなったからだろうか。

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