汚物は消毒されました

 澪と雫は温泉を堪能して戻っていった。

 最近二人とも、何か考え込んでるような時があったりで。

 悩み事でもあるのか他になにかあるのかわからないけど、少しでもリラックスしてもらえたらなと思った。

 今は俺が温泉に入っている。

 なぜか薫子さんと一緒に。

 お互い背中合わせで背中をくっつけて座るような、青春モノとかでありそうなあの構図で。

 鼻血でそうだ。

 ちなみに今俺は人間の姿だ。

 温泉は人間にちょうどいい深さになってるので、当然俺にとっては深い。

 せっかくの温泉なのに温水プールみたいにプカプカ浮かぶのはさすがに違う。

 ちゃんと温泉を堪能したかったし。

 ということで、ガイアに来てから初の人化の魔法を使ってみた。

 体が変化していく感覚はなんとも言えない変な感じだった。

「ちょっとジズー、意識しすぎだって。

 余計に恥ずかしくなっちゃうじゃん」

「う……、ごめん」

 なんだこのベタなやりとり?

 これは現実か?

 いや、夢だろ!

 こんなのフィクションでしかありえないっしょ!

「一ヶ月ずーっと女の子二人と一緒にいたのに、全然耐性ついてないじゃない。

 それでこそジズー!なんだけどね、ふふっ」

「なんで薫子さんはそんなに平気なんだよー……」

「いや、全然平気じゃないからね?

 でも私が降りれる場所って限られてるからさ、ジズーと直接話す機会ってこういう時じゃないとないからね」

「それは別に一緒に温泉入る必要はないんじゃ」

「日本のこと勉強したらこういうのあったよ?

 裸の付き合いっていうんでしょ?」

「確かにあるけどさー……、あー照れくさいー!」

「まぁまぁ、普段は念話でしか話せないんだからさ。

 早く慣れてレッツトーキング!

 真面目な話もあるしね」

「はい……」

 いや、内心すっごく嬉しいんだけどね。

 結局薫子さんが帰るまで、ずっとドキドキしっぱなしだった。




 翌朝、夜明け前に俺たちは支度を終えた。

 昨日薫子さんから王国に動きがあったと聞いたからだ。

 どうやら魔術師は儀式を終えて、薫子さんの予想通り大規模な転移魔法を行った。

 転移先は王国最南端の村。

 百人の兵士と佐藤ズを一気に送り込んだみたいだ。

 俺たちは先回りされたことになる。

 街道を使わないで森の中を移動して迂回するっていう手もあるけど、澪と雫は佐藤ズとぶつかることを選んだ。

 ガイアのためにも、地球に帰る前に佐藤ズをなんとかしたいみたいだ。

 それなら俺は二人を守るだけだ。


 薫子さんによると、佐藤ズとその部隊は村を出て北に進軍を開始したようだ。

 もう少ししたら目視できるらしい。

 俺たちは森の中で待ち構えた。

 理想としては森の中に誘い込んで少しずつ佐藤ズ以外の兵士の数を減らしていきたい。

 どうやって誘い込もうか考えていると、木の隙間から矢が飛んできた。

「あぶなっ!」

 とっさに叩き落としたが、矢には紙が結んであった。

「矢文か」

「これって……、あいつの矢だよね?」

「だね~、あいつの矢だと思うよ~」

「あいつって?

 もしかして佐藤ズの弓聖とか?」

「そそ、とりあえずなんて書いてあるか見よっか」

 矢からはずして手紙をひろげる。

 手紙にはこう書いてあった。


 すぐに森から出てこい

 村の住人は人質だ

 お前たちが逆らったら殺していく


「マジかー……。

 仮にも勇者一行なのにこんなことするのか」

「ね?あいつらをそのままにして帰るなんてありえないでしょ?

 同じ国から来た者として、ちゃんと処理しないと……!」

 やばいやばいとは聞いてたけど、認識があまかった。

 ここまでとはなー……。

「とにかくすぐ行こう。

 村の人達が殺されちゃうよ~」

「そうだね、行こう。

 百段、桜、椿、今までありがとう。

 ここでお別れにしようか。

 どうなるかわかんないから、三頭で安全な所に逃げてよ」

「ヒヒーン。(馬鹿なことを言うな、俺たちも行くぞ)」

「「ヒヒーン。(ついて行きますわ)」

「え?話聞いてたよね?

 これから危なくなるんだって!」

「ヒヒーン。(自分の身くらい自分で守れる。逃げようと思えばいつでも逃げれるしな)」

「えぇぇー?

 何言ってんだよ。ちょ……、おい百段!」

「ヒヒーン。(時間がないのだろう?早く行くぞ)」

 そう言って鼻でぐいぐい押してくる。

「マジかよ……、じゃあせめて危なくなったら逃げてくれよ?」

 そのまま百段に急かされながら森を出た。


「ほ~ら出てきた!

 言っただろ?あいつらはこういう手が一番きくんだって!」

「マジありえねーわ。

 見ず知らずの村人なんてどうでもいいだろ普通」

 いきなり最悪な会話が聞こえた。

「久しぶりだなー、澪、雫。

 お前らは俺たちが目をつけてたんだ。

 何勝手に逃げてんだよ」

「ま、捕まえたら好きにしていいって言われてるし、お前らは俺たちが飽きるまで飼ってやるよ!

 うひひひひ!」

 うわー、どうしようもねぇ。

 ギルティだわ。

『薫子さん!

 村に兵士いるか確認できる?』

『ちょっと待って……。

 大丈夫、いないよ!』

『ありがとう、助かった!』

「澪、雫、今薫子さんに確認してもらったら、村に兵士はいないんだってさ。

 俺たちがここであいつらの言うことを聞かなくても、すぐに村人が殺されるってことはないんじゃないかな?」

「そうかも。

 私たちが逆らったら、兵士を何人か村に戻して殺すんだと思う」

「それならここに全員釘付けにできれば大丈夫ってことだよね~?

 でも……、どうしたらいいんだろ……」

 何かないか……、あいつらをここに留めておく方法!

「おいおいおい!

 何こそこそ話してんだお前ら。

 とりあえずお前ら、武器を置いてこっちに来いや。

 魔法もやめとけよ?

 その瞬間村人が死ぬぞ」

「わかったから!

 村人には絶対手を出さないで!」

 そう言って澪が荷物を下ろして杖を投げ捨てた。

「ジズー。

 私と雫であいつらの傍に行って、魔法でふっとばしてくるよ。

 ジズーはそれで村に行こうとする兵士がいたらそいつらをなんとかして?」

「え、そんな危ないよ!

 うまくいかなかったら澪と雫が……」

「ぐずぐずしてるとあいつら何するかわかんないから、もういくよ。

 ジズー、任せたよ?

 雫ちゃん、勝手に決めてごめん」

「全然大丈夫。

 一緒に行こう」

「ちょ、待ってよ!」

「安心して?

 私のバリアがあるんだから、うまくいかなくてもすぐにやられちゃったりはしないよ?

 じゃ、フォローお願いね」

 澪と雫が歩きだそうとしたその時、なぜか空から声が聞こえてきた。

「あ、いたいた!

 おーい!ジズー!ミオー!シズクー!

 ボクだよー!」

 上を見るとバハムルが降りてきていた。

 バハムルの横にはでっかいドラゴンが一緒に降りてきている。

 ズッシーン!

 バハムルたちが着地しただけで地面が揺れた。

 でけーなこのドラゴン!

 十メートルくらいあるんじゃないか?

 王国の兵士たちはパニックに陥っている。

 腰を抜かしてる兵士もいる。

「ジズー!

 父ちゃんにジズーたちのことを話したらお礼が言いたいって言うから連れてきたぞ!

 龍の巣に向かってるって行ってたから森に沿って来てみてよかった!

 ちゃんと見つけられたぞ!」

「突然訪ねて申し訳ない。

 息子の恩人にどうしてもお礼が言いたくてな。

 だがその前に、この人間どもはなんだ?

 ここで何をしている?」

 そう言って佐藤ズや兵士たちを見る。

 それだけで兵士たちが一斉に逃げ出した。

 佐藤ズを除いて。

「おい!お前ら!

 逃げるんじゃない!戻ってこい!」

 必死に叫んでるが、普通は戻ってこないよ。

 逆になんでお前らは逃げてないんだって言いたいよ。

「ちくしょう!なんだってんだ!

 おいそこのトカゲ!

 何俺たちの邪魔してんだ!

 いてまうぞコラァ!」

 マジかこいつ!

 なんで十メートルクラスの最強臭漂うドラゴンにそんな口きけるんだよ!

 勇者か!?

 あ、こいつら勇者一行だった!

「息子の恩人よ。

 この無礼な人間どもはなんなのだ?

 お主たちの仲間か?」

「「「あの四人は敵です」」」

 俺と澪と雫は見事にシンクロした。

「そうか、わかった。

 我が息子の恩人の敵であり、我に無礼な口をきくなど万死に値する。

 消え去れ」

 そう言って超特大の火球を四人に向かって吐いた。

 チュドーン!

 ええぇぇー!?これやべぇー!

 スタジアムくらいの広さの地面がえぐれてるぅー!

 オーバーキルどころの話じゃない……、やっべぇー!

 佐藤ズは文字通り、消し炭になってしまった。

「さて、では改めて。

 まずは我が息子を助けて頂き感謝する。

 本当にありがとう」

 何事もなかったかのようにお礼を言ってくるバハムルパパ。

 てか俺けっこう前に、佐藤ズを殺すことになるかもしれないとかなんとかで、かなりシリアスな感じで決意固めたり覚悟決めたりしたんだけどなぁ……。

 澪と雫も、ガイアのために!って悲壮な決意してたのに。

 俺たち何もしなかったや。

 ハハ。

 あの決意や覚悟はなんだったのか。

 そう思わずにはいられないほど、あっけない幕切れだった。

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