迷い

 腹ペコドラゴンに美味しいものを食べさせるために森を駆け回った。

 その甲斐あって、狩りの成果は最高だ。

 今日の俺は運がいいね!

 いや、この場合バハムルが運がいいってことになるのかな?

 まぁどっちでもいいや。

 とにかく俺、最高!

 獲物の足をロープで縛って、そのロープを咥えて引きずって帰る。

 体が小さな俺はこの方法でしか獲物を持ち帰る手段がなく、ロープや獲物が草木にひっかかることもあるのでわりとめんどくさい。

 でも今日はこの後のことを考えると、この作業すらとても楽しいことのように感じるほどテンションMAXだ。


「ただいまー!

 俺、最高!」

「おかえりー。

 どしたの、なんかうざそうなテンションになってるけど」

「ジズーちゃんがそんなテンションになるの珍しいね~。

 澪ちゃんの氷魔法で頭冷やす?」

「ジズーはどうしちゃったんだ?

 酔っ払ってるときの父ちゃんみたいだぞ?」

「フッ、そのような事を言ってられるのも今だけさ!

 それでは、こちらを御覧ください!」

「あ、今日の獲物?

 おつかれさ――んんん!?」

「こ、こここ、これはもしや!?」

 俺はじっくりとタメを作って言い放った!

「そう!今宵はデリシャスミートだ!

 しかも二頭!」

「「おおぉぉぉおおお!ジズー最高!」」

「な、なんだ?

 みんなどうしたんだ?」

 バハムルはわかってないのか、オロオロしてる。

「バハムルちゃん!

 これはね、デリシャスミートっていうモンスターで、す~っごく美味しいんだよ~!」

「きっとバハムルも美味しすぎてびっくりしちゃうと思うよー?」

「んん?

 デリシャスミート?

 ――あっ、なんか聞いたことあるよ!

 父ちゃんが「あれはすげーうめえ!」って言ってた!」

「おう、すっげーうめえぞー?」

「滅多に食べられない物だって言ってたな!

 前に食べたのは五百年くらい前とか言ってたぞ!」

「おおぅ、そこまでか……。

 それはびっくり」

「ミオとシズクにさっきもらった焼き魚もすごくうまかったけど、あれよりうまいのか?」

「あんなものじゃないよ~?」

「そうなのかー!

 焼き魚だって今までで一番美味しかったのに……。

 楽しみだなー!」

 え、今までで一番って……。

 なんかすごい魚でも獲れてたのかな?

 澪にこっそり聞いてみた。

「ううん、そうじゃなくてね。

 ほら、ガイアって料理とか調理が日本と比べると全然発達してないんだよ。

 バハムルくん、魚を焼いて食べるのすら初めてだったんだってー」

「あー、なるほどねぇ」

「人間の国でも「焼く」くらいの調理はするけど、ドラゴンは多種族との交流がないからね~。

 バハムルちゃんは、獲物を狩ったらそのまま食べるって言ってたよ~」

 なるほど、生肉がぶりだったのか。

 だとしたらデリシャスミートステーキを食べたら……、リアクションが楽しみだ!


 今バハムルの目の前にはお皿にのったステーキがある。

 まずはバハムルにってことで澪が焼いた。

 普段生肉を食べてるということで、焼き加減はレアにしたらしい。

「肉って焼くとこんなにいい匂いがするんだな!

 知らなかったぞ!」

「匂いだけじゃなくて味もすっごいぞー?

 ほら、食べてみな」

「うん!

 それじゃあいただきます!」

 もぐもぐもぐ……、ごっくん。

「――!」

 バハムルはカッと目を見開き、あっという間に全部食べた。

「ふぅ……」

「えーと、どうだったかな?」

 なんか目を閉じたまま口を開かないので聞いてみた。

 てか、思ってたリアクションと全然違うんだけど!

「……大変美味しゅうございました」

「「「えぇっ?」」」

 ちょっ……、ええぇ!?

 何その口調!

 やっべぇ、なんかバハムルがバグった!

「おいっ、しっかりしろ!

 戻ってこい!」

 俺はバハムルに肉球でぺしぺしやった。

「はっ、ボクはいったい?」

 あ、戻った。

 よかったー……、ちょい焦ったわー。

「なんだこれ、すっげーうまかったぞ!

 ビックリした!

 信じられない!

 なんだこれなんだこれ!?」

 急にあたふたし始めた。

 美味しすぎて混乱してるようだ。

「すっごいだろー?

 まだあるからな、おかわりいる?」

「えぇっ?まだ食べていいのか!?

 で、でも……、こんなに美味しいなら大事な物なんだろう?」

「子供が遠慮するなって。

 美味しいものはみんなで楽しく食べるともっと美味しくなるからね!」

「そっか!ありがとう!

 じゃあおかわりください!」

 次はみんなの分も焼いてみんなで食べた。

 いつもの食事に子供が加わっただけで賑やかになる。

 あぁ……、俺もいつか子供ほしいなぁ……。


 夕食をとった後しばらく話に花を咲かせていたが一区切りついたところでバハムルが立ち上がった。

「ボク、そろそろ帰るよ。

 父ちゃんと母ちゃん、心配してると思うんだ」

「そっか、もう夜だけど大丈夫なの?

 朝まで待ったほうがよくない?」

「飛んで帰るから大丈夫だぞ!

 みんなのおかげでパワー全開!

 全然大丈夫だよ!」

「そうだね、わかった。

 気をつけて帰れよ!」

「うん!

 ジズー、助けてくれてありがとう!

 みんなも、ご飯をくれてありがとう!

 ボク、大陸の真ん中にある森に住んでるんだ。

 人間たちは龍の巣って呼んでたぞ。

 もし近くに来たら遊びに来てくれるとうれしいな!」

「おー、すごい偶然だね。

 俺たちは龍の巣に向かってるとこなんだよ」

「そうなのか?

 父ちゃんに会いに行くのか?」

「俺たちは世界樹がある場所まで行きたいんだよ。

 そこで待ち合わせをしてるんだ」

「世界樹か、そっか!

 じゃあその用事がおわったらまた会えるか?」

「そうだね、きっと会えるよ」

「そうか、楽しみにしてるぞ!

 じゃあ、ボクは行くぞ!

 みんなまたな!」

 そしてバハムルは空へと羽ばたき、あっという間に見えなくなった。

「行っちゃったなぁ」

「行っちゃったねー」

「元気で良い子だったね~」

 ちょっとしんみり。

「じゃあ、片付けて寝ようか。

 その前にちょいトイレ行ってきまーす」

「「いってらー」」

 ま、当然トイレなんてないけどね。

 だからっていくら猫とはいえ女性の前でするなんてありえないわけで。

 猫になったけど、中身はそこまで野生化するつもりはない。

 意識高い系猫に、俺はなる!




「バハムルちゃん可愛かったな~。

 なんか私、子供ほしいな~とか考えちゃったよ~」

「あはは、雫ちゃんもかー。

 私も少し考えたよ」

「でもね~……、日本に戻った後誰かと結婚して子供ができて~だとか、正直全然イメージ沸かないんだ~」

「そうだねー、それもわかるよ。

 私たちたぶん、考え方とか価値観とか、日本にいた頃とかなり変わっちゃってるだろうね」

「そうだろうね~。

 パリピとか見たら超イライラしそうだよ~」

「悪い盗賊だったけど、人も殺しちゃってるしね……。

 考え方とか価値観とか、いろいろ周りとのズレで一生苦しむなんてこともありえそう」

 二人はしばらく黙り込む。

「最近考えちゃうんだー。

 私って今、日本に戻りたいって思ってるのかなって。

 まぁこんなこと考える時点で、迷っちゃうぐらいには戻りたくないって思いがあるのは確実だろうけどさ」

「そっか、澪ちゃんもだったんだ。

 私も同じこと考えてるよ最近」

「かといって、こっちに残ってもお尋ね者のままだしねー……。

 少なくともニーゲン王国にはいられないんだろうなー」

「……、ジズーちゃんはどうするんだろうね~」

「どうするって、私たちを送り届けた後?」

「ジズーちゃんはここで生きていくっていう選択肢しかないもんね。

 でも、こっちには猫は他にいないし。

 そもそも体は猫でも中身は人間のままだしね~。

 どうするんだろう」

「どうするんだろうねー……。

 本人は飼い主さん募集みたいなこと言ってるけどね。

 ……、てかそもそもなんでジズーは猫なのよ!」

「あはは、それ言っちゃったらダメだよ~。

 はぁ……。

 別に恋愛対象ってわけじゃないんだけどね~。

 猫だし。

 でも、家族とかそれに近い存在として、ガイアで一緒に生きていくのもいいなって思っちゃう私もいるのよね~」

「ほんとそれ。

 フフ、考えてること全部一緒だなー。

 ジズー、いいやつだもんね」

「だね~」

「私たちが飼い主枠に収まるのはジズー的にありなのかな……」

「なしではなさそう……と思いたいけど~。

 でも、ジズーちゃんは自覚ないみたいだけど、その枠はすでに薫子さんで確定してる気しかしないよね~」

「ですよねー……、知ってた」

 また黙り込む二人。

 と、そこにジズーが戻ってきた。

「あれ、どしたの?

 なんかしんみりしてる感じ?

 早くもバハムルロスってるとか?」

「そうかも、あの子いると賑やかだったからね~」

「てかジズー、遅かったね?

 なんかあったの?」

「あ、さっき薫子さんにこの辺りに温泉があるって教えてもらってさ。

 んで、場所聞いたからちょっと見てきたんだ。

 けっこういい感じの温泉あったよ!

 せっかくだから、温泉入ってかない?」

「まさかジズーちゃんから混浴のお誘いがくるなんてね~。

 ちょっと意外だったな~。

「まぁ、そこまで言うならしょうがないねー。

 一緒に入ろっかー」

「いや、ちょ、ちがっ!

 混浴とかそういうつもりで言ったんじゃなくて……。

 二人が入る時は、少し離れたところで見張っとくから!

 あ、覗くとか、そういうこと絶対しないから安心してほしいし!」

「相変わらずピュアだなー、冗談に決まってんじゃーん」

「ゴホン!

 とにかく、良さげな温泉だからリフレッシュできると思うよ!」

 そう言ってジズーは歩きだした。

 しかし少し歩いたら立ち止まって澪と雫のほうを見る。

 その姿と仕草だけ見れば猫そのものだ。

 そんなジズーを見て二人は小さくため息。

 そしてこう思った。

 人の気も知らないで……と。

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