5.5 ぼくのパンチライン
怒りと悲しみの化身、ロンリー・グリーンは言葉を理解せず、説得も話し合いも通じない。
その真正面でゆたかは演芸大会をくりひろげる。
「はい、こっちに注目!」
左右の手で2本指を立てる。
ダブル・ピース状態を手の側面でたたきあわせる。
「はい、はい、はーい! 指が移動した!」
左1本、右2本になった。
「移動してない」
目覚めたての灯里が思わず、つっこむ。
くるりとふり向いたゆたかは、満面の笑みで舌を出している。
「ふぉふぉれひた」
口元をへの字にゆがめた灯里は背後から肩をつかまれる。
「おもしろいです! 1本たりないと思ったら口から出ていた! 数学的です! ちなみに最後のセリフは「ここでした」です」
ちほが詳細に解説して笑う。強引に笑っているうちに楽しいような気分になってくる。
「ガァーガァアーゴアアアー!」
ロンリー・グリーンの攻撃をゆたかが2本指から肩へと受け流し、地面にぶつける。
地面がゆらぎ、上空では光がともる。
「すべってる」
灯里もゆたかの異能に気づく。
「灯里ちゃんも無事ィイイぐえらふぁ!!」
電線となった電気科の男たちが苦痛の奇声の合い間によろこびを表現する。
ロンリー・グリーンがうごめくたびに波が伝わるように人が順番に跳ねて、端の者が地面に残念を逃がす。
灯里が割烹着姿でアップダウンする頭をぼうぜんとながめる。
「一ノ瀬、二宮、三崎、四谷、五島・・・・・・」
名もなく顔もなかった男たちの名前が呼ばれていく。
「六田、七瀬、高橋、九野・・・・・・」
やせるか太るかの体型で色の白い男たちが防護メガネも外れ落ち、顔をゆがめて絶叫しながら、灯里の無事を知って、笑顔に見えなくもない顔をしている。
まだ意識がはっきりしない灯里は目の前の演芸大会とその先のしびれジャンプ大会に困惑する。
「なにしてるの?」
「あなたを助けたいんです」
ちほが灯里の肩を抱いて、自分が残念砲弾の側になるように体をいれかえる。服も顔も泥にまみれ、手の力も弱い。
「みんな、バカみたい」
灯里が声をふるわせる。
「ろくに話もしないし、いつも蹴ってるし、対抗戦では撃って撃たれて52回転だし、わたしが残念砲を暴走させたのに、逃げればいいのに・・・・・・」
唇をかんで、目をしばたく。
「ゴールデン・ゲート・ブリッジ!」
ゆたかが開いた足の間から顔をのぞかせ、灯里を見る。
「今は笑いの時間だよ!」
灯里は眉を寄せ、やや口を開き、首を横にふる。
「さっきのパンのやつと同じですが、いいと思います」
ちほはゆたかとのかけあいに慣れてきて、笑顔をつくる。
「同じイギリスさ」
「アメリカの橋です」
「ここからがゴールデンターイム!」
昼間の空の一角に、天の力が集まって、ちかちかと光る。
ゆたかオンステージも佳境となる。
「『キミ、14日も待てないよ。2週間で仕上げてくれ!』」
「同じ! 同じ!」
ちほが笑う。灯里がそのちほを奇妙なもののように見る。
「『私ならタダで大金持ちになる方法を教えてやるぞ。よろしい、前金で2,000円だ』」
「タダじゃないです!」
ちほもだんだん楽しくなってくる。
「『お寿司のわさびは抜いてください』、『メロン・シャーベットだよ』」
「カリフォルニア風味?!」
ちほが灯里の肩をたたいて笑う。
「もしや、ゴールデン・ゲート・ブリッジ!」
わりと地理にくわしいちほが勝手に連想して勝手に笑う。
笑いが連鎖し、天の星がきらめく。
「だいじょうぶ?」
笑いのバスに乗り遅れた灯里がちほを気づかう。
「『ぼくのおばあちゃんはお年だけどとっても元気です。犬でいうと15歳』」
「換算! 犬で換算! 灯里さんの得意な数学ですよ」
「そうだね」
笑いころげるちほの肩を灯里が抱く。
「『当ててみせよう、キミはインコを飼ってるね?』、『キミが飼われてるんだよ』」
「は?」
ちほの快進撃がとまり、きょとんとする。
「・・・・・・だから、最初の人がインコだったんでしょ。しゃべり方がインコっぽいし」
たまりかねた灯里が解説する。
「インコ! 声が高い! 灯里さん、すごい、インコ・マスターですね!」
灯里が照れたように顔をそむける。
「さあ、天の力も満ちてきたところで、とっておき!」
ロンリー・グリーンの攻撃をすべらせてから、ゆたかはその場に座って、足を胸に寄せてかかえる。
そのまま横に倒れる。
「カバンの中のハンバーガー」
胸ポケットからハンカチを引き出す。
「チーズ、だらーん」
黄色のハンカチを地面に落とす。
ちほが喝采する。
「改良型です。チーズバーガー! 灯里さんのお気に入りが横型ですよ!」
「別に気に入ってない」
「最初のときおなかを抱えて笑ってたって、ゆたかくんがいってました」
「少し笑っただけ」
灯里がすねたように顔を赤らめる。
「ようし! 好評だ」
ゆたかが気をよくして連打する。
「『チーズバーガー、ピクルス抜いて』、『はい』」
ゆたかが靴を片方脱いで捨てる。
ふっ、と息を抜くように灯里が笑う。
「ヒットです! バーガーシリーズいけます」
「では、つづきまして、魚バーガーと魔界の王子」
「違う違う、それじゃない」
灯里があわてて否定して、ためらいがちに説明する。
「あの、最初に会ったとき、片方だけサンダルだったから」
ゆたかは清らの治療術で足が回復したが、右足用の靴を持ってきていなかった。
「片方だけサンダルですか?」
ちほに確認されて、灯里は口元を手でおさえて、うなずく。
「片方サンダル?」
笑いをおさえる灯里の肩がゆれている。ちほが首をひねる。
「灯里さん、ツボが独特ですね」
激しい思い出し笑いに襲われる灯里を見て、ちほの目があやしく光る。
「サンダルぅ?」
耳元に口を寄せ、無理のある低音で、巽龍一郎のモノマネをする。
「片方かぁい?」
「やめてやめて!」
まったく似てないが、灯里がふきだす。
「片サンダルぅ? 片サン?」
土ぼこりが飛び、地面がゆれる危機的状況、はりつめる緊張感、精神的な動揺、全身の疲労の中、無意味にぶつけられる似てないモノマネに灯里が細い体をくねらせて笑う。
「龍一郎そうじゃない」
かすれる声で抵抗しながら、足をばたつかせて笑う。
上空に結集した天の力が星となってこぼれそうにゆらぐ。
「ゆたか! 無事か!」
やや遠く大吾の声が聞こえる。電気科の生徒が救援を呼びに行っていた。諦念科の生徒たちが走る。
「2人が倒れて苦しみもがいとるぞ!」
大吾が見たままの反応をする。
ゆたかが悠然と立ちあがり、靴を捨てた方の靴下を脱ぐ。
「ちほさん、灯里さん」
背中を向けたままで、足の指を器用に折る。
「チョキ」
二人の少女はキャーキャーと笑い騒ぐ。もうなにを見てもおもしろいゾーンに突入している。
ゆかたが天の星を見上げる。
「それでは、パンチライン」
靴下を裏返し、手にはめる。つま先部分から2本の繊維が左右に飛び出している。
「ナマズ!」
灯里とちほが抱き合い、ころがって笑う。
笑いの技と笑い声と笑顔で育てられた天の力がふりそそぎ、ゆたかの右拳でナマズが光る。
向かうは怒りと悲しみの化身、ロンリー・グリーン。
「ぱーんち!!」
山なりにふるわれたゆたかの拳の上を、林リンの飛び蹴りが通過する。
「アアアアアアア!!!!」
残念の結晶は叫び声とともに空中に四散する。
緑色の邪念が消える。
それを見とどけた電気科の男子生徒たちがボロボロになりながら、ゆたかに感謝を送る。
「ゆたか!」
「ゆたか!」
「ナマズ!」
「ゆたか!」
「ナマズ!」
「ナマズ!」
途中からナマズコールに変わった声援の中、ゆたかはナマズ状態の腕を天に掲げる。
林リンは倒れている少女たちにかけよる。
「だいじょうぶ? ケガはない?」
「おなか痛い」
横道灯里が涙を流す。
天神笑来カミワライ! エザキ カズヒト @EzKz
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