5.2 おにぎりとサンドイッチ
団栗山高校の広い校庭のところどころにベンチがあり芝生があって、昼には生徒のいこいの場となる。
校舎からやや離れた一角にあるベンチに灯里が座っている。
日あたりがよく静かで一人になれる。
「おとなり、よいですか?」
「もう座ってるくせに」
ちほがとなりに腰かける。
「食堂へは行かないんですか」
「アレルギー」
灯里はサンドイッチを手にしている。
「制服姿は初めて見ました」
いつものサイズの合わない作業服でなく、ちほと同じ制服を着ている。
ちほがおにぎりのラップを開く。
灯里が席を立とうとする。
「やっぱりラジオにえっちメールを出してるんですか?」
「出してない!」
突然の切りこみを灯里は強く否定する。
「1回くらいは?」
「出してない!」
何度かVアクター巽龍一郎に関する問答を繰り返す。
「先週のサタデーナイトラジオは聞きましたか?」
「・・・・・・聞いた」
灯里は渋い顔でとなりに座る。
「巽さんの後輩というノース南野さんが出てましたね」
「あの人きらい。いやらしい話をすればおもしろいと思ってる」
「巽さんだけがいいですか?」
灯里がうなずく。
「巽さんがかわいがってる後輩という設定ですよ」
「かわいがってない。ただの後輩」
静かなベンチで、とりとめのない話をする。
「何度か外から中継したことがありましたね。あれが好きでした」
「第50回と82回」
「郊外の公園を歩いて、咲いている花を紹介したり」
「自然にくわしいから」
「屋台の前を通ってもタコヤキを食べたりしないんですね」
「スターは人間っぽいことしないの」
灯里はトマトとキュウリのサンドイッチを口に運ぶ。
「あれって中の人、いるんですか?」
「いない。あれは巽龍一郎」
「動きがなめらかだし、それはCGってわかるんですけど、声が合成とは思えないです」
「機械音声であんなに流暢に話せるわけない。リスナーのコメントにもすぐ反応してるのに」
「中の人、いましたね」
「そこも含めていない」
かたくなな灯里のとなりでちほはおにぎりを食べる。
「あんなにいい声で、たまに一人芝居もするのに、他のアニメとか出演してないんですか?」
「出てない」
「別の名義でも?」
「音響分析した。声も話し方も巽龍一郎以外であれと同じ人は存在しない」
灯里は高度な技術力を趣味のために惜しげもなく使っている。
「それなら、いつか会えるかもしれないですね?」
灯里ははげしく首をふる。
「だめ。会いたくない」
「ショックで倒れちゃう?」
「ずっと遠くにいてほしい」
少し目を上げ、遠くを見る。
「好きなものをお話ししてると、灯里さんもいきいきしてますね」
ちほの問いかけに灯里は口調を重くする。
「そんなことない」
「灯里さんの人柄がわかります。自己紹介です」
「自己紹介?」
「人はきっとその人の好きなものでできてるんです。だから、好きなものを聞けば、その人がわかります」
ちほはラップに残ったごはんつぶをつまんで食べる。
「わかられなくていい」
「でも、わたしは知りたいと思います」
灯里は口を少しへの字にしながら、前方に視線を落とす。背負っていた荷物を降ろしように、少し表情はおだやかになっている。
「いい天気ですね」
「そうかも」
言葉をかわさず、日の光を受けて、ならんで座る。
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