4.6 笑いの劇場、美の激情
こじれた愛が生んだ残念の化身、ラヴ・ミー・ゴーレムが黒い煙を吐いて接近する。
仲間たちは動けず、最後の期待は宝来ゆたかに託された。
「イマドコニイルノォオオオオオオ!!」
「愛に迷ったきみにも笑いを届けるよ」
金属のバケモノを前に、ゆたかはにぎった右手の拳をゆっくりと上げる。
天に向けて、伸びあがるように全身を使う。
肘を額につける。
「カブトムシ!」
両手で、
「クワガタ!」
やや広げて、
「怒ったクワガタ!」
たよれるリーダー舟がはじめて顔に不安を表す。
ゆたかはまた右手を掲げて、拳を内側にゆっくり回し、肘を曲げる。
「カタツムリ!」
指を二本出す。
「こんにちは」
約3秒。
そっと指をしまう。
ゆっくりと腕を下げて、上体を前に倒し、肩をゆらす。
「ダイスキィィェェアー!!!」
オチを待たず、ラヴ・ミー・ゴーレムが錠前を発射する。
「ここからがおもしろかったのに」
羊太が剣で錠前を払う。打ちもらした分は舟が素手でたたく。
そして、ゆたか劇場が再開する。
「あらためまして、ナメクジっととととと」
機関銃のように降り注ぐ錠前に3人で右へ左へと逃げまどう。
「陽気なナメクジ」
右へ逃げる。
「卓球するナメクジ」
左へ逃げる。
「ナメクジにあこがれるカタツムリ」
後方へ逃げる。
「家がないと気楽でいいね」
「ウチヘオイデヨォォォォ!」
ラヴ・ミー・ゴーレムが複数の錠前のかたまりをまとめて吐き出す。
3人は猛烈な爆撃をころがって逃げる。
空は晴れ、天は静かで反応はない。
スカーフの剣はしおれて、布にもどる。
「ぼくの靴下でよければ」
セーターを失った羊太の提案を舟が無言で制する。
「では、第2部、カタツムリの引っ越し」
ゆたかがポケットからハンカチを取りだそうとすると、清らの声が響く。
「治療が終わりました」
文彦が肩を貸してリンを連れて下がる。
清らが3人のもとへ来る。
「疲れてるようだけど、だいじょうぶ?」
「ダレヨソノオンナァァァ!」
舟が声をかけると同時にラヴ・ミー・ゴーレムの錠前攻撃が清らに降り注ぐ。
愛と恋とその他のさまざまな気持ちが残念となって込められた錠前が乱れ飛び、黒煙と土ぼこりを巻き上げる。
暴風が渦巻く中心に、ゆたかは銀の光を見る。
「今は残念となった愛のため、祈りましょう」
清らが掲げた白い聖衣が一点の傷も汚れもなく、ひるがえる。
「疲れが祈りを妨げることはありませんが、体力には限りがあります」
清らが舟に問いかける。
「1度だけでよろしいですか?」
「1度で十分」
「より高次の技を使います。それ以降、わたしは動けなくなります」
「きみも学校もすべて守る。この3人で」
舟、羊太、ゆたかが前に出て、錠前攻撃を防ぐ態勢をつくる。
清らは右手に左手を重ねて、頭を下げる。
「乙女の秘密の祈り」
襟元にある金具を上下させ、衣を閉じる。
「主よ、あまねく災い満ちる世に、われこの身いつわりなく、隠すことなく、すべてを捧げます」
清らが両腕を聖衣の内側に引き入れると、一瞬後に制服とスカートが足元に落ちる。一歩前へ出る。
空に霧が現れる。
清らが両手を開くと、足首から白い衣がすぼまっていく。
衣の合わせ目が細く黒い線となり、胸の中央を割って走る。
全身が圧迫され、下着の線が浮き彫りとなり、体の曲面が鏡のように光る。
吹き抜ける空気に髪をなびかせて祈る。
「荒れ野に慈愛の雨を降らせたまえ」
静かに、あたたかく、銀の雨が降る。
「ドドドゥドコヘドドォオオオ」
浄化の雨を浴びて、ラヴ・ミー・ゴーレムの金網がゆるみ、あとずさりする。
「
舟の指先から天の念を集中させた弾丸が射出される。
光の尾を引いて、まっすぐにラヴ・ミー・ゴーレムの横を通過して巨木に命中する。
太い幹がうねり、枝から光を噴出し、一帯が銀色に輝く。
「舟くん、どこを見てるんですか!?」
清らがおへそのあたりをおさえる。
「乳と尻を見ないようにしたんだ」
風貴があきれたようにつぶやく。
「ごめん、もう1回。もう1回だけ」
「もう無理です。動けません」
清らが力なく座りこむ。
「少しでいいから。ほんのちょっとだけ、ちょっもがっ!」
懇願する舟に非情な錠前が直撃する。
「ああ、きいちゃんがナイスバディでなければ世界は平和だったのに」
世音が泣き顔で立ちつくす。
「ウワキシナイデエエエエエ!!!!!」
銀の雨でくずれかけたラヴ・ミー・ゴーレムがふたたび人の形を取りもどし、ほえる。
大きな口をもごもごと動かし、錠前をたくわえる。
「夢からさめるときびしい現実が・・・・・・」
ちほがスカーフのない胸元をおさえ言葉をもらす。
すべての試みが失敗し、沈黙があたりを支配する。
絶望の中、ゆたかだけが笑う。
「大ピンチのときは、大笑いするんだ!」
屈することなく、新ネタを披露する。
「ごらんください。カエルのボディビルダー」
ゆたかがよつんばいから舌で筋肉を表現しようとしたとき、聞き覚えのない声が響く。
「舟ちゃん、どしたの?」
校舎のほうから歩いてくる人影がある。
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