4.5 ローリングサンダー・ジャストミート
初の実戦で、初の負傷者もあり、黒煙を吐く愛憎の化身の前で立ちすくむ諦念科の仲間たちを級長の舟がすばやくまとめあげて、直接対決が開始する。
「正体不明のものには名前をつけるべきかな」
舟はちほの命名に納得して、ちらりと後方を見る。
「世音さん、風貴さん、いけるかな?」
「もちろん」
無口だが芯の強い風貴が世音をうながして、2人で同時に念を呼ぶ術を開始する。
風貴が両手をふりおろすと、袖から白い棒が伸びる。2本を組み合わせ、ソプラノリコーダーができあがる。全身に楽器を収納している。
縦笛に唇を当て、息を吹き込む。仲間たちをはげますような明るい曲調が響く。
世音が踊る。手を広げ、体を動かす。緊張と不安から動きが硬かったが、風貴の曲を受けて、踊るうちに活気をとりもどし自在に躍動する。
2人の技が天をよろこばせることによって、やがて空に2つの光点が現れ、ゆるゆると降りてくる。
「いいよ、十分だ」
舟がつぶやき、右手薬指を掲げ、天の念を受ける。
「
羊太のネットをかぶせられた金網のバケモノが停止する。
「圧すべし」
舟は右手の指を鉤状に曲げて、じりじりと下げる。
ラヴ・ミー・ゴーレムもその手に押さえつけられたかのように金属音を発しながらつぶれて、地面にめり込んでいく。
「演奏と踊りを続けて。この残念は地下に封じ込める」
世音が笑顔でさらに踊りの力強さを増して、念を呼ぶ。
「ほわっ!」
突然、林リンが駆けこみ、飛び上がる。
「
念の光点を受けた足があわく輝き、2色の虹を描きながら、蹴りかかる。
「短気すぎるじゃろが!」
大吾の叫び声を背に、リンの足技がラヴ・ミー・ゴーレムの左肩に突き刺さる。
「バレーンタイイイン!」
リンが強引に貫こうとした足が金網にからめとられる。
「デェェェエエエエイイ!」
右腕がスパイダー・ニットを破り、リンの体をとらえる。
自分で自分の金網を引きちぎりながらリンを抜きとり、無造作に地面にたたきつける。
「
舟が放った念の弾丸がラヴ・ミー・ゴーレムの顔に当たり、一歩さがらせる。
リンのもとへ羊太が走る。
「ケガをしてる。それに地面に固定されてて動かせないよ」
リンは金網で地面に縫いとめられ、苦しげな息をもらす。
「清らさん、治療に。文彦くんはその援護。羊太くんはもどって」
舟の声で清らが走り、倒れたリンの体に両手を当てる。
「主よ、このあわれなる若者に、慈しみを」
白く光を発し、傷をいやす。
舟はさきほどの女子2人組に目を向ける。
「ぼくに注意を引きつける。もう1回、だいじょうぶかい?」
「舟、ワシにまかせんか! 特大の雷を呼んでやる!」
「でも、大吾くんは太鼓がないと」
大吾がにやりと笑って、大声を張りあげる。
「鉄クズのバケモノ、ワシを見ろ!」
制服を脱ぎ捨てる。
そのままシャツを脱ぎ、靴もズボンも脱ぎ捨てる。
筋骨隆々の鍛え上げられた肉体にしめこまれたふんどしには「男」の一文字が染めあげられている。
「これがワシの武器じゃい!」
厚い筋肉の乗った胸をたたいてほえる。
「聞け! 柴木流あばれ紅葉!」
大吾は平手で胸をたたく。連続し猛烈な勢いでたたきまくる。
「うりゃうりゃうりゃ!」
真っ赤な跡を残しながら、胸を腹をたたく。
「みだれ紅葉!」
力を込めた手を上腕に太ももに尻に全力でたたきつける。
皮膚から筋肉を突き抜け骨を響かせて大音量を発する。
空には雲が渦巻き、雷鳴がとどろく。
「聞け見ろ聞け見ろ聞け!」
全身を真っ赤に染め上げながら、自身が太鼓となって、音を生み出す。
大声で叫び、全力で全身を打ち、さらに叫ぶと、雷鳴がそれに応えて響く。
最後に雷を呼ぶため、高く突き上げた右手を一気にふりおろし、左の太ももをたたく。
「どおうりゃあああああ!!!」
そのはずが狙いがやや右にそれる。
それまでとは違う湿った音が響く。
「ぅくおうふぁ」
奇妙な声をもらして大吾が倒れ、小さくうずくまる。
「大吾くん、ジャストミートです」
ちほが解説の役割をはたす。
大吾の奮闘で天からは豆電球サイズの光が落ちてきたが、舟の手ではかなく消える。
貴重な戦力が離脱する。
「アケオメエエエエエエ!」
ラヴ・ミー・ゴーレムがぎしぎしと音を立て、全身をゆがませながら接近し、口から黒い煙を噴く。
舟がずり落ちたメガネを上げて、ちほを呼び寄せる。
「わたしは情報担当なので、危機的状況には―」
「失敬」
ちほの制服の胸のスカーフに手をかけ、結び目をほどいて、するりと引き抜く。
「こんなときに、そんな・・・・・・」
とまどうちほの額に左手をかざす。
「ダメです。そんな安い女じゃありません。順序を守ってもらわないと―」
「のどかけらまし」
言葉と同時にちほがくにゃりと地面に座りこむ。舟の左手にかすかな光が残る。
「彼女を安全な場所に」
「靴下は、靴下はやめてくだひゃい・・・・・・」
ちほは世音と風貴に引きずられながら、夢心地でつぶやく。
ラヴ・ミー・ゴーレムは攻撃態勢に入る。
「コッチヲミテエエエ!」
黒い煙を割って、大量の錠前が吐き出される。
さびた金属物がたがいにぶつかり不規則な軌道で襲ってくる。
舟は右手でつかんだスカーフを左手でしごく。強引に抜き出したちほの念を布にこめる。
「剣たるべし」
やわらかだったスカーフが天に向けてそそり立つ。
舟はそれを振るって飛来する錠前をはじく。
砕かれた錠前が地面に散る。
「羊太くん、まかせた」
スカーフの剣を投げる。
「球技とか苦手だよ」
「野球はプロでも3割くらいしか打てないらしいよ」
羊太は覚悟を決めたように両手で剣をにぎる。
倒れたままの大吾が声を発する。
「舟・・・・・・これも使うんじゃ」
ふんどしをつかんでひっぱっている。
そちらを見ないようにしながら、舟はあたりを見わたす。
清らはリンの治療中、文彦・羊太は援護、世音・風貴は不安と疲労が濃い、ちほは夢心地。
「レンラクナイジャナーーイ!」
迫りくるラヴ・ミー・ゴーレム。
「ピンチのときこそ、笑おうよ」
宝来ゆたか、強敵の前に立つ。
舟が問う。
「ぼくはどうすればいいかな?」
「楽しんでよ」
危機的状況からゆたか劇場開幕。
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