4.4 愛にカタチがあるならば
新旧の愛に満ちた場所での愛をめぐる話から愛が暴露され、多少の手違いに刺激されながら、危険が地上に現出する。
いびつな金属球は雪だるま式に大きくなって、諦念師たちの前で轟音とともに左右から衝突する。金網の針金は解け、生き物の触手のようにうねうねと動いて、たがいにからみあい、ひとつの固体となっていく。
舟はその様子を注視する。
「悪意は
さび色のかたまりから2本の太い腕が伸び、下部が割れて足となる。
上部に横一文字の裂け目が生じる。
「ズーズーズートォー」
口となり、うなり声を上げる。
「危険度を測定します。ちほスコープ!」
ちほが指を組んだ四角からのぞき見る。ポニーテールが大きくゆれる。
「『友達のお姉ちゃんが美人の女子大生なのに週末は家にこもってジャージ姿で少年マンガを読みふけっている』級の残念です」
「それは強力じゃ」
そちらの事情にくわしくない者でもはっきりとわかる残念度の高さが示された。
異形のものが口らしき部位を動かし、ガムをかむようなそぶりを見せる。
「残念が集まっています」
ちほのポニーテールが動き、トゲのように立つ。
「攻撃きます! 実体弾です!」
「ズーットイッショォォ!」
異形が大音量とともに黒いかたまりを吐き出す。
それは真正面に直線的に飛ぶ。
「はなれて!」
舟の号令で全員が二手に割れる。世音の悲鳴が響く。
その場所をめがけて、地面にかたまりが激突し、土を噴き上げる。
無数の錠前が地面に突き刺さり、ゆらゆらと煙が立ちのぼる。
そのひとつをゆたかが手に取る。
ふたりの男女の名前が記された錠前はさびて、細く煙を昇らせている。
「今はどこかでしあわせに暮らしてるといいな」
「危険だ!」
舟がゆたかの手から錠前を奪いとり、小声でなにかを唱えると、ぱらぱらとくずれて落ちる。
ゆたかの手を見るとケガもなく、一瞬けげんな表情をうかべる。
「なに? なんともないけど?」
「むやみに手をふれてはいけないよ」
舟は全員の無事を確認し、すばやく指示する。
「まず相手の動きを止める。文彦くん、高速朗読。羊太くんがそれを受ける」
書物の呼び手、古本文彦がうなずいて、本を読む姿勢をし一気にまくしたてる。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる―」
枕草子第一段の美文を猛烈な勢いで読み上げると、天がそれに反応して、空に墨の文字があざやかに舞い上がる。天の力が降りる。
「スパイダー・ニット・スプレッド!」
羊太はセーターを襟元から引き裂き、天の力をこめて、そのすべてを投げると、網が空一面に広がり、うごめく異形の頭上から覆いつくす。
「キャッチ!」
一本の羊毛を引き、足で踏んで、さらに引きあげると、網がせばまる。
「ヒトリニシナイデー!」
異形は金属音を発して動きつつ、うめき声を上げる。
「まだ動く。朗読を続けて」
文彦はさらに朗読の速度を上げる。
異形は羊毛の網の下で苦しげに巨体をくねらせながら人の形を築いていく。腕を動かすと、網の目が乱れ、黒い煙を噴出する。
「なんか出そう。出てる!」
世音がふるえて、風貴にしがみつく。
諦念科の生徒たちの多くは訓練を受けてはいるが、実戦を経験したことはない。
「アイタイヨォォォー!」
不気味な音声に耳を打たれ、不安が場に伝染していく。
緊迫感が生徒たちの体を重くする。
「舟、どうするんじゃ?」
「どうしよっかな」
舟が明るい口調で返答する。
「金網のバケモノなんてこわいよね。無理しなくていいよ。下がってもいいし、隠れてもいい。ただ見ておいてよ」
舟が最前列に出る。
「ぼくのうしろにいれば安全だからさ。背中はそんなに広くないけどね」
リーダーがふりむかずに軽くいう。
その背中に視線が集まり、世音たちの緊張感がやわらいでいく。
「となりでもよろしいでしょうか」
清らが舟の右にならぶ。
「心強いよ」
「ここのほうがよく見えそうだね」
ゆたかが緊張感のない笑顔で左にならぶ。
「・・・・・・うん、よく見ておいて」
「舟くん、すみません、首を少し横に」
ちほが最も安全な真うしろでちほスコープをかまえている。
「あの、後頭部に当たってるんだけど」
舟が首をかたむける。
「愛と金網の異形、ラヴ・ミー・ゴーレム、動きだします」
ちほが残念測定士甲種一級の実力を発揮して命名する。
舟が苦笑する。
団栗山高校諦念科 vs ラヴ・ミー・ゴーレム、開戦。
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