2.5 蝶よ、花よ
歴史ある諦念師の世界でも初の笑いを操る術者である宝来ゆたかはあえて禁忌の技を使ったが、想定を下回る結果と強い批判を受けた。
逆境の諦念科一同は電気科の残念砲弾連続発射を浴びながら右へ左へと逃げまわっている。
そこに、蝶川花織が登場する。
「あなたとは念が合わない気がするけど、大目に見てあげますわ」
古本文彦はやや不満げにしてから、気を取り直す。
「ご期待あれ。わが頭脳には古今東西の十万二千冊の書物が記憶されているのです」
自分の頭を指で示す。
「書物の諦念師が天を動かしてみせましょうぞ」
文彦は透明な本を持つように左手を掲げる。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」
平家物語の冒頭を朗々と読み上げる。
空に墨の文字が現れ、それがほどけて線となり、地上に降りよせる。
「
その念の力を受け、蝶川花織の長い髪にまかれた2本のリボンが伸びる。
リボンの諦念師、蝶川花織。
色とりどりに染められ織られたリボンが空に広がる。
「わあ、きれい」
ゆたかが自分の置かれた困難な立場を忘れ、空の模様に見とれる。
花織が誇らしげに灯里に語りかける。
「ねえ、灯里さん、あなたもサイズの合わない作業服はおやめになって、かわいい服をお召しになったらいかがかしら」
「頭にまでリボンが詰まってるの?」
花織がにっこりとほほえんで指を前に伸ばすと、リボンの先端が地をはうように伸びる。
電気科陣営が身構える。
「総員、防御準備!」
「
花織が両手を肩から正面にふりおろすと、2本のリボンが左右にわかれて、中央に向かう。
機関銃のような乾いた音を響かせながら、ステージ上の電気科男子を端からたたき落とす。
そのままステージ中央にせまり、大型獣の牙のように灯里を上下から狙いながら停止する。
「電気科のお姫さま、食べられちゃうかも」
リボンがなめるように灯里の頬をなでる。
電気科男子たちがいきり立つ。
「無礼者め!」
「俺もなめたい」
「俺も」
「俺も」
雑音は気にせず、灯里はメガネ型モニターに映る情報を目で追う。
「念の波動が単調すぎる。簡単に奪える」
灯里が小型端末にすばやく入力する。
「念波同期」
リボンが止まる。
花織の技の主導権が灯里に奪われた。
「どうしましたの? 念の出力が足りませんわ」
花織が文彦をつつきながら、リボンの操作に念をこめる。
しかし灯里が押し返し、リボンが空中で丸めとられ、花織の髪から外れる。
「残念注入」
カラフルなリボンのくす玉が残念を吸って青白い球体となってうごめく
花織の長い髪が乱れて肩に落ちる。
「返す」
灯里が端末を振ると、その多色のかたまりが衣ずれの音をさせながら飛び、花織の足の間を抜け、スカートを揺らして、はるか後方の林リンにぶち当たり、全身を縛り上げる。
「はなせ! 逆海老って、やめてー?!」
リンは逆さにそり返りながらうめく。
電気科が両手を突き上げる。
「やった! 半世紀を経て、ようやく電気科の勝利だ!」
丸山先生が電球のように顔を光らせて歓喜し、生徒たちも万歳する。
「電気! 電気! 電気!」
「ボルト! アンペア! ワット!」
「アカリ! アカリ! アカリ!」
花織は唇をふるわせる。
「横道灯里さん? おいたがすぎましてよ」
灯里は花織から微笑が消えたことに一瞬たじろくがもちなおす。
「ふん。リボンがないリボンちゃんなんて、グラフィックボードのないゲーム用PCね」
ステージ上で、小型・薄型・最軽量の灯里が胸をはる。
花織は迷わず清らの元へ走る。
「ねえ、花織がかわいそうでしょう?」
外界との接触を断っていた聖衣のファスナーを引き下げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます