2.4 ゆたかオンステージ

 白倉清らの「乙女の祈り」は見る者を圧倒したが、神妻舟までも圧倒してしまったため、不発に終わった。

 人材不足の諦念科から、宝来ゆたかが登板に名乗りを上げる。

 すでに退場した林リンから靴を借りたので準備は万全だ。


「さあ、レディス・アンド・ジェンドルメン、それに灯里さん」

 灯里はゆたかをわずかに見て、すぐに目をそらす。

「ここからはしあわせな時間がはじまるよ」

 笑いの諦念師、宝来ゆたかの出番が来た。

 自信満々で寸劇が始まる。


 肘をさすりながら、こまった顔をする。

「『ドクター、このごろ肘が痛いんですが?』、『手の平に画鋲がついてますよ』」

 自分の手を見て、びっくりする。


 特に反応はない。


「つづきまして」


 飲み物の入ったカップを持つしぐさをする。

「『このコーヒー、にがいね』、『それ、石油ですよ』」

 渋い表情をしてみせる。


 一同も渋い表情をしている。


「『このチョコ、かたいね』、『石炭です』」

 歯を痛がってみせる。


「つづきまして」

 めげずに地下資源シリーズを継続する。


 両方のチームから緊張感が抜けていく。

 超感覚のちほがその視覚で相手陣営を探査し、発見する。

「灯里さん、お気に入りアプリの閲覧中です。あれは個人用のスマホですね」

「え? なんの話?」

 深見先生はマニキュアを直していた。


 全体の注意力が散漫になる中、ゆたかは無言の芸「ジャンプ―と間違えてマヨネーズで頭を洗う人」を披露しながら考えをめぐらせる。

『実家の近所では大爆笑だったのに、場所によるのかな』

 近所の人々はいつも楽しげに笑っていた。

『今はお昼前でみんな、おなかがすいてるから反応が悪いのでは』

 空腹なら仕方ないと結論づけたが、対抗戦を放棄するわけにはいかない。

『まさか初日からこれを使うことになるとは』

 ゆたかは深呼吸し、決意する。

 諦念科の勝利のため、諦念師の誇りを守るため、あえて禁忌の技を使う。


 両手の拳を握り、交差させる。

「はっ」

 それをじわじわと上にあげていく。

「うぅううう!」

 気合を高めるとみんなの注目が集まる。

「やあああああ!」

 灯里もスマホから目を上げる。

「たああああああ!!!」

 緊張を含んだ期待感がみなぎってくる。

 全員の気持ちがゆたかに集中する。

 歯切れよく、響きよく、ゆたかが高らかに告げる。


「タ×キン」


 静かな湖面に石を投げたように、動揺が広がる。

 困惑が沈黙をふるわせる。

 だれもが口を開かず、動きを見せない。

 精神の圧力が高まる。

 そこに救いのように空に星がまたたく。


 チーン。


 小さな鐘の音がして、小さな念の玉が降りてくる。

 舟は米粒1個半くらいの玉を指先で受けて、投げる。

「パチってした」

 灯里の小型端末に当たり、冬場の静電気くらいの反応をさせる。


 ゆたかの初めての技はささやかに成功したが、本人も首をひねる。

「ネタの順番とか、タイミングかな。あと、腕の角度とか」

 そこに大吾が肩をたたく。

「ゆたか、人はあきらめなければ、敗北せんのじゃ」

 清らも続けてはげます。

「今のはとても素敵でした」

 清らはポーズもまねる。

「手をこうして、タマ×ン。タマ×ン、かわいらしい響きですね。北欧の言葉でしょうか、タマ×ン」

 晴れやか春の日なのにツンドラの風が吹き荒れる。

 白銀の魂を持つ乙女が身ぶりつきで下ネタを連呼している。

 世音がそっと近づき、耳打ちする。

 世界が凍結したように清らの動きが停止する。

 首からせり上がるように赤みが差していく。

「不謹慎です!」

 顔を真っ赤にして、口から火花が出るくらい歯を食いしばりながら、ゆたかをにらむ。

 舟がそれをとりなす。

「これも彼の特技で、笑いだから少し不謹慎な内容も含むかもしれないけど」

「知りません」

 清らは聖なる衣のファスナーを閉じ、すっぽりと頭の上までかぶる。

「対抗戦はまた続いてるから」

「もがもが、もががもが」

 舟が説得を試みるが、声がくぐもってなんだかわからない。

「先生、乙女、けっこう頑固ですね」

 ちほが問いかけると、深見先生が頭をかかえる。


 電気科ステージでは余裕の灯里が手元の装置を見る。

「あ、今ので残念が増えてる」

 テレビのリモコンをいじるくらいの気軽さで残念砲を発射する。

 うらみつらみのこもった言葉を叫びながら、念の砲弾が炸裂する。


「モウダメ~ダメ~ダメ~」

「きゃー!」

「マイニチガァ~ゲツヨウビ~」

「わわわーっ!!」

「クツシタガ~スグヤブレル~」

「知らないよ!」

 諦念科の面々が逃げまどう。

 あちこちの地面に穴が開き、白い煙が立つ。


 騒動の中、最初の一撃で倒れていた古本文彦がようやく目覚める。

「さあ、ついに―」

 きりりと立ち上がる。

「花織の出番じゃないかしら」

 最初から戦線を離れていた花織が笑顔でもどる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る