第3話 カンケイ
+side咲雪
土曜日、晃くんに、学校で避けていた理由を全部話した。そうしたら晃くんは、そんな心配する必要ないって言ってくれた。
……今までの私の悪い態度は改めなくちゃと思った。だから、今日はその第一歩。
月曜日の朝、私はいつも通り早めに登校して勉強をしていた。だんだん集まってくるクラスメイト。朝練終わりの生徒も混じって来て、賑やかになってくる。後ろの方の席についている晃くんのところに、朝練終わりの巽がやってきた。――よし、今だ。私の机に集まっていた凛ちゃんと琴ちゃんに肯いて見せてから、席を立った。今日することは、二人には話してある。
晃くんの傍へ行くと、クラス内の女子の視線を感じた。……っ、このくらい、大丈夫。だって、晃くんがいてくれる。
「あ、咲雪おはよー」
「……おはよ」
「おはよう。巽――晃くん」
……言った! 言ってやった!
今まではずっと『雪村』って呼んでたから、私が『晃くん』って呼んだとき、一瞬空気がざわついた。でも、一番驚いていたのは晃くんだった。大きく目を見開いて、一瞬固まっていた。隣の巽はやっぱり何かを見透かしたような表情をしている。巽は千里眼でも持っていると思う。
「さゆ――」
あ、晃くんも呼んだ。ちょいちょいと手招きされたから傍まで寄ると、がしりと肩を摑まれた。
「こうく――
「ありがと。嬉しい、さゆ」
そのまま首に手を廻され引き寄せられて、晃くんの肩に鼻が激突した。こ、これ以上低くなったらどうしてくれる、この完璧イケメンめ。じゃない! 立っている私が座っている晃くんに抱き寄せられている格好だから、見た目的に色々と問題を呼びそうな――
「あの、晃くん、これはさすがにっ」
「あ、ごめん。嬉し過ぎてつい……」
許す。
晃くんは慌てて離してくれた。隣の巽は不思議そうな顔をしている。
「咲雪、晃に抱き付かれんの大丈夫なんだ?」
「ん? うん、だって晃くんだし」
「男嫌いの咲雪にしては珍しいなーとね」
あー、それか。
「別に男嫌いなわけじゃないよ。なんか昔っからヘンな絡まれ方するから苦手なだけ。お母さんに辛い思いさせたのもクソ野郎だし」
忌々しい、あのクズ野郎。
毒を吐いた私にも、巽は慣れた様子だ。
「……あ、そういやさ――
「ゆ、雪村くん!」
巽が何か言いかけたとき、女子の大きな声が響いた。振り返ると、クラスの女子が集まっていた。廊下からは別のクラスの生徒もこちらをのぞいているのが見えた。う……。
「咲雪ちゃんと付き合ってるの……?」
やっぱりか! ……晃くんのばか。さっきのはやり過ぎだってー。
ここは私が誤解を解かねば! と思ったとき、晃くんが穏やかな口調で言った。
「さゆは俺の大事な子だよ。ずっと」
こ、晃くん! 確かに付き合ってはいないけどその言い方!
う~あの時の二の舞になったら――
「やっぱり! 雪村くんと咲雪ちゃん、いつ付き合うんだろうって疑問だったんだよー!」
え。
「成績トップの美形同士、絵になるよね~」
ええ。
「あー、やっぱ咲雪さん、雪村かよー。わかってたけどな……」
「うん、わかってたけどな……」
えええ? ど、どういうこと……?
「どうやら好意的にとられてるようですなー」
腕を組んだ巽がのんびりした口調で言う。
「こ、晃くん、これって付き合ってるって思われてるんじゃ……」
「否定したかったら否定しときな?」
どういう自己責任⁉
どうやら晃くんはこれ以上何かを言うつもりはないらしく、頬杖をついてみんなを眺めている。え、ええ~? これって『どうにかしてくれた』ってことなの? 確かに、女子同士のあれこれは回避された感じだけど……。
「あの! みんな、
「そう照れんなって咲雪ちゃん」
「雪村くんが付き合うなら咲雪ちゃんくらいだってみんなわかってるから」
……誰も私の話を聞いてくれなかった……。
みんなはわいわい話し出してしまって、口をはさむ余裕がなくなってしまった。
呆然とする私の両隣に、凛ちゃんと琴ちゃんが立って小さく言う。
「あとで琴が雪村くんのことシメておくからね」
「これってある意味公認? なのか……?」
……なのか?
+side晃
「おにーさん、これ企んでた?」
俺の机に軽く腰かけた巽が、騒がしくなったクラスメイトを見ながら言って来た。
「偶然の結果」
「お前ノリ過ぎだろ。……中学んとき咲雪に、誰とも付き合う気なんてないとかかましてたの誰だよ」
「俺かな」
「前言撤回?」
「しないけど」
「……咲雪可哀想―」
「さゆのことは」
……さゆのことは。
「絶対泣かせないし、傷つけないって決めてるから」
だから。
「だから、付き合わない」
「……大変だね、お前は」
「うん」
俺のことを――うちにあったことを知っている巽は、そっと目を細めた。
絶対に、傷つけらんない。
だから、触れない。
どす黒い俺の中の、唯一綺麗な場所。
そこに、さゆがいるから。
「でもさー、今の状態だと晃が咲雪の彼氏になってるから、咲雪はお前に縛られちゃうワケだけど?」
「……ちゃんと譲るよ。さゆのことだけ見てくれる奴が現れたら、俺が今いる場所、全部」
さゆを一番大事にするのも、さゆに一番大事にされるのも、さゆだけを愛していいのも。
……俺以外の奴に、ちゃんと譲る。自意識過剰かもしれないけど、今、さゆに一番近いのは俺だと思っているから。
巽が声をひそめてきた。
「……晃、譲れるの? お前だって本気で咲雪のこと――」
「本気だから、譲るの。……絶対、さゆには幸せになってほしいから。……だから、俺じゃ駄目だから」
俺では、さゆを幸せにする未来を描けない。……………あの、悪魔のような父親の血を引いている、俺では……。
「晃、言っとくけど、お前も咲雪も、俺にとっては大事な友達だ。咲雪だけ幸せになっても俺は不満。晃もちゃんと幸せになってくれなくちゃ――」
「幸せだよ」
「………」
「さゆと一緒にいる今、すげー幸せ。もう俺の一生分の幸せ使い切ってるんじゃないかってくらい。……母さんと小雪さんには感謝してる。短い間でも、さゆと一緒に暮らしてなくちゃきっとこんな思いしてない。……俺はもう、十分――痛っ」
いきなり頭をはたかれた。
「巽?」
叩かれた頭に手をやって見上げると、巽は不服そうな顔で俺を見下ろしていた。
「ばーか」
「え、なに」
「ばーか」
「巽?」
何故か「ばか」を連呼した巽は、ふいっと視線を逸らしてそのまま教室を出て行ってしまった。……なんだ?
「あ。あいつのこと咲雪に言うの忘れてた」
不審がる俺の視線を背中に受けながら、巽は何かをつぶやいたようだった。
+side咲雪
「ただいまー」
……帰って来た。
わざと廊下や玄関の灯りを消して、リビングだけ明るい家を、まず晃くんは不審に思うだろう。
「さゆ? 帰ってるのか――?」
「晃くん、座って」
リビングに入って来た晃くんに、厳しい視線を投げる。
「は?」
「いいから、座ってもらおうか」
「? うん」
お母さんたちも一緒のとき晃くんは隣に座るけど、二人の時は向かい合って座るのが習慣になっていた。
「なんで、あんなことになったのかな?」
「あんなことって?」
「なんで私と晃くんが付き合ってる、なんてことになったのかな?」
「さゆが否定しなかったからじゃん?」
「晃くんがヘンな言い回しするからじゃん?」
「……さゆは俺と付き合ってるって思われるのやなの?」
「事実じゃないことを思われても困るでしょうが。晃くんだって誤解されるのいやでしょ?」
「………」
「何故否定せぬ」
「………」
「……晃くん言ってたじゃん。私が、なんで告白されても全部振っちゃうの? って訊いたとき」
学校で一番可愛いと評判の子や、他校でまで噂になる美人さんに告白されても振っていた晃くん。好きな子でもいるからなのかな? って思って訊いたら、『勉強とか会社の手伝いとかやることあるし、付き合うとかそういうの面倒だから』って返事があった。だから、付き合っているなんて誤解されるだけでも面倒なんじゃ……。
「俺、さゆのことは大事な子って言ったけど付き合ってるとは言ってないよ?」
「それがあの質問の答えとしては誤解しか生まんのじゃ」
それに晃くんは、自分は絶対的に人を好きなっちゃいけないって思ってる。……こればかりは、私にもどうも出来ない……。
「……大事って思ってくれるのは正直嬉しいよ。でも、晃くんを傷つけてまで護ってほしくはない」
……同じとき、晃くん言ってた。自分は父親にそっくりの容姿と声をしている。だから、いつか自分がああなりそうで怖い、って……。
好きな人が出来て一緒にいるようになっても、その人のことを大事に出来ない自分に、傷つける自分にならないって言いきれない。だから、好きな人も作らないし、付き合ったりもすることはないんだ、って……。私がどれほど、晃くんは優しくて周りの人を大事にしているから大丈夫だよって言っても、それは晃くんには届かなかった。
晃くんは好きな人が出来ても、好きな人のために、その人のことを諦めてしまうんじゃないだろうか……。
私は、晃くんに護られてばかりだ。だからせめて、晃くんの負担になりたくない……。
「わかった。じゃあさゆ、俺を助けると思って、俺と付き合ってることにして?」
「へ? なんでそうなるの?」
「正直、告白を断るのって神経使う。俺はなんとも思ってなくても、向こうは好意を持ってくれてるわけだから、無下にするばかりは失礼だと思ってる。でも、好きな人でもないから付き合うなんてことも考えらんない。だから、好きな子と付き合ってるから断る、って言えば相手も納得してくれるだろうし、俺も心苦しくない。そういう意味で俺を助けてくれない?」
「………」
晃くんを、私が助ける……? 事実、晃くんが私を好きなわけじゃないから、相手の方に完全に誠意を貫いているとは言い難いかもしれない。でも、それが私に出来るなら……。
「うん。そういうことなら、私で晃くんの力になれるなら、請け負う」
晃くんを好きな人たち、ごめんなさい。晃くんと、晃くんを好きな人たちを天秤にかけたら、あっさり晃くんの方に傾いてしまった。晃くんのために私が出来ることがあるのなら、私は役目を果たしたいと思った。
「……護られてばかりだな」
「? 晃くん?」
「なんでもない。そういうわけだけど、今までと変えることとかなくていいから」
「そうなの? 付き合ってるっぽいこととかした方がいいんじゃないの?」
「キスしたり?」
「ぶはっ!」
げはげは、と思いっきり咳込んでしまった。な、なんてこと言うんだ!
「ほらな。単語一つでそこまで動揺するさゆに、付き合ってるっぽいことなんて出来るわけないだろ」
晃くんは呆れたように糸目になっている。
「じゃあ私はなんのために晃くんの彼女になるわけ⁉」
「………」
「? 晃くん?」
「………なんでもない。俺とさゆ、元々近い距離に見られてるんだから、休み時間とか一緒に過ごす程度でいいと思うよ。今日、さゆが俺の席まで来てくれたみたいに」
「あ、そういう……びっくりしたー」
「さゆの恋愛偏差値の低さはよく知ってるから」
「……悪かったね」
「可愛いと思うよ?」
「……晃くん、どっかで頭打って来た?」
「さゆが言う『付き合ってるっぽいこと』をしてみようかと思ったんだけど……」
「ごめんなさい。撤回します。晃くんの言う『付き合ってるっぽいこと』がいいです」
休み時間とかを一緒に過ごすくらいなら、一日中一緒に過ごしている今とそう変わんないから私のメンタルへの負担も少ないはずだ。晃くんに一票。
「……本気なんだけどね」
「晃くん? さっきからなんかブツブツ言ってない?」
「うん、さゆには聞かれたくない話を」
「……なんでそういうことを本人の目の前で小声で言う?」
「なんでだろーなー。取りあえずメシ作んない? 腹減った」
「あ、うん」
どういう意味か経過か、よくわからなかったけど。
晃くんと付き合うことになりました……?
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