無題3

 喧騒が遠くに聞こえる。ぼんやりと、はっきりしない雑多な声。人通りの多い交差点を、ヘッドフォンをつけて歩く。耳に響くのはチャイコフスキーの「くるみ割り人形」だ。トレパックが流れている。ごちゃごちゃした日常も、この曲の前ではどうでもいいものになる。楽しくて、踊り出したい気持ちだ。心なしか足取りが軽くなる。

 こんな風に、ぴょんぴょん跳ねられたらいいのに。

 こんな世界に飛び込んでみたい。ヘッドフォンの中だけの、軽やかで楽しい世界。そうしたら、日常も違って見えるかも。

 とん、とん。

 指先でリズムを取る。

 いつの間にか、人混みは過ぎ去り、一人で路地を歩いていた。

 今は、自分一人だけの世界だ。ここが、ヘッドフォンの中だ。

 耳に聴こえるメロディーに合わせて、ステップを踏む。小さく跳ねる。くるりと回る。夕の路地に、楽しげな影が長く伸びていた。

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