第4話「看板娘とビキニアーマー」

 武具店の木の扉を開けると小気味の良いベルが来客を知らせる。

「いらっしゃいませー」

 いつもとは違う、女性の声にキタムラは少々驚きながらも入店する。

「あれ、ご店主は」

 きょろきょろと店内を見回しても店主のハンスは見当たらない。カウンターにいる女性だけのようだった。

「あ、父は商談に出てまして。ご用でしたでしょうか」

「いやいや、ただ今日もいろいろと装備に関して相談させてもらおうかと」

 キタムラは苦笑いをして、雑談をしてただけなのを何度も見られているなと思い返す。

「私でよろしければ相談に乗りますよ。えっと・・・」

 快く申し出てくれたハンスの娘だったが、キタムラの顔をじっと見てぽかんと口を開ける。

「あ、あー。キタムラです、きたむら」

「ああ! きたむらさん、そうでしたキタムラさん」

 すっかり忘れていたという感じでそう言ったが、恐らく全く覚えていないのだろうなとキタムラは思い、力なく笑う。

「えっと、私はハンスの娘でヘレーナっていいます。よろしくおねがいしますね」

 にへらっと笑ってヘレーナはカウンターを離れる。他に客がいないからなのか、キタムラにつききりで接客するつもりのようだ。

「今日はどんなものをお求めでしょうか」

「えっと、これまで胸当てだけだったんで胴体から腰まで防御できるものが欲しいんですよね。急所が守られる感じのやつで。新品でそろえるとちょっとお高いので値段は抑え目の物をお願いします」

 若干の不安を覚えながらもキタムラはなるべく具体性を持って相談をする。

「ふむふむ、わかりました!」

 いっそう明るい声で言うヘレーナを見て、キタムラは更なる不安を覚える。

 茶髪のポニーテールを揺らしながら、ヘレーナは店内の入り口付近の全身鎧の陳列されている辺りへと向かう。木製のマネキンには様々な鎧が装着されている

「あ、両手両足はいらないんで、そういうのでお願いします」

 歩きながらも、キタムラは言葉を重ねる。

「大丈夫です! オススメがあるんです」

 そう言って立ち止まり、にこりと笑って右手を一つのマネキンへと添える。

「これです! 急所が守れて胴体から腰まで防御ができる手足の防具のない装備!」

 キタムラは絶望する。

「これ、ビキニアーマー・・・?」

 唖然とする。どうしてだ。何故だ。キタムラは言葉を失う。

 ビキニアーマーとは、ビキニ水着のような鎧のことだ。

「ビキニって何ですか?」

 ぽかんとするヘレーナに、キタムラは機械的に答える。

「ビキニというのは、私の世界で主に女性用の水着として着用される衣装で・・・」

「あ、大丈夫です、これ男女兼用ですから」

「男女、兼用・・・」

 キタムラは何とか言葉を紡ぐ。そうだ、これは求めていた物とは違うのだ。そう違うのだ。

「た、確かに急所は守られているけれども、ですね、えーと胴体から腰まで守られたうえで」

「大丈夫です! こう見えて防御魔法の効果で上下の間に防御能力が付加されているんです! 服を着ると効果がないんで冬はちょっぴり寒いかもしれませんけど、金属で覆う物よりも軽いですし、とっても動きやすいんです」

 力説するヘレーナ。商売人としての意気込みなのか、なんとしても売ろうとしている。

 そんなとき、タイミング良く入り口のベルが鳴る。よし、良いぞとキタムラはそちらに視線を向ける。ハンスだ。

「おお、いらっしゃい。なんだ、ヘレーナが見繕ってるのか」

「ふふん、ばっちり言われたとおりの装備を紹介してるとこ」

 その言葉にキタムラがヘレーナの背後からハンスへと視線を送る。助けてくれ。切望の視線を受け、ハンスはこくりと頷く。これがつうかあというものか。とキタムラは熱いものがこみ上げ、拳を握る。

「あー、ヘレーナ。言いにくいんだが、こいつはちょっと止めておこうじゃねえか」

「何を言うんです、おとーちゃん、軽量そして魔法防御に優れてるんですよ!」

 ヘレーナの熱意に気圧されるハンス。負けるな、とキタムラは背後から応援をする。しかしハンスは娘に甘いのか、ふにゃふにゃと強い言葉を使わずに説得しようと試みる。

「それにおかーちゃんが整備してるんですよ! 元値以上の価値があるくらいです!」

 ついに妻の技量の高さまで持ち出され、ハンスは圧し負けてしまう。

「すまん、こいつを独りにした俺の落ち度だ、嫁さん譲りの性格でな・・・」

 小声で謝罪するハンス。ヘレーナはもはや決まったとばかりにマネキンをカウンターまで運び始めている。

「ハンスさん、大変なんですね」

 ハンスは生返事をする。さらにヘレーナがそろばんを売っている間に別の鎧をカウンターに持って行き、再び説得しようとしたが返り討ちにあってしまった。

「今の鎧も買い取ると、これくらいかかりますね」

 提示された金額は100,000クライス。クライスはエーデフォンアイゼンで流通する貨幣だ。提示された金額に、キタムラは驚き、逆にこれを好機と見た。

「いやーこれは残念だー。予算が60,000クライスしかなくて買えないなーあはは」

 見事な棒読みだったが、キタムラはハンスに目配せをする。

「いくら常客のキタムラでも流石に40,000はまけらんねぇな、また今度――」

「待ってくださ・・・」

 ヘレーナが声をあげたとき、扉のベルが鳴る。別の客だ。その客の顔を見るや、キタムラは持ち前の身軽さを発揮する。

 入店したのは同じ異世界人、現世界人のナンジョウだった。

「おおーナンジョウさん、いや待たせて悪いね、ちょっと立て込んでたんだ、酒を飲みに行く約束だったね、待たせすぎたみたいだ、いやぁ一杯おごりますよ。ええ。」

「何の話だ、おい、俺は買い物にきたんだ、よせひっぱるな」

 キタムラはナンジョウの腕を引っ張り、店の外へと連れ出す。ナンジョウは抵抗していたが遊び歩いているナンジョウよりはキタムラの腕力が勝っていた。

 店内にはぽかんとしたハンスとヘレーナが残される。

「片付けるか」

 ぽつんとハンスが言うと、ヘレーナはマネキンを片付け始めた。

「なんだったんだよ、キタムラさん、俺は明日コボルト退治にいかねーとなんだぜ」

「まあまあ、説明も含めて一杯やりましょう」

 外では秋も深まり冬に差し掛かる空の下、二人の男が大通りを目指していた。酔いにまかせて全てを忘れ新たな冒険をむかえるために。

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