第3話「試作品と実用品」
武具店の木の扉を開けると小気味の良いベルが来客を知らせる。「黒金屋」本店。異世界から旅行に来ている冒険者キタムラは再びこの店に来ていた。
カウンターには大柄な男性が武器を整備している。
「どうも、こんばんは」
キタムラがそう言って入店すると、カウンターの男性、ハンスはいらっしゃいと声をかける。
「どうだい、このあいだ買った剣の調子は」
「使い勝手が良くて助かります。ただ、盾のほうはちょっと買い換えたいなと」
左腕に持っていた盾をカウンターの上に乗せる。乗せられた円盾はボロボロなのだが、縁の部分だけが削れている。
「こいつはリザードマンにやられたみたいだな。やつらの曲剣にゃ回り込まれるからな」
「打ち合いになればいいんですが、複数人相手だとどうしても隙を突かれますね」
ハンスは店員の女性に交代してもらい、カウンターから出ると店の奥へとキタムラを誘う。
「リザードマンとはまだ戦う予定なのか?」
「いえ、しばらく彼らの顔は見たくないですね、倒した後も何か喋ってて後味悪いですし」
「そりゃな、魔族とはいえ、やつらにも家族がいるしな」
「戦争の片棒担いでるって思い知らされますよ」
「いっそ傭兵になった方が気が楽かもな。そういう職業だって言い訳できるぜ」
「それはそれでいやだなあ」
奥まった場所に籠手の棚や壁掛けにされた盾がずらりと並んでいる。いずれも左手専用の物のようだ。
冒険者ギルドの証明書を懐から出すと、ハンスに差し出すキタムラ。言葉はわかるのだが、文字を読むことは未だできていない。多少は覚えたといっても見繕ってもらったほうが早いのだ。
「このあたりだな。それと、籠手ならあっちの棚だ」
ハンスの指差す盾と、籠手を見てキタムラは声をあげる。
「あ、あの金色のやつはなんです?」
籠手の並んだ棚のうち、指差した段の上の段にある黄金の籠手を見てキタムラはぎょっとしたようだ。
「そいつか、お前さん妙な物に興味を持つな。異世界さんにしても変なヤツだ」
「あはは、故郷でもよく言われますよ」
そちらの棚へと移動して、ハンスが籠手をキタムラに手渡す。
「重い、ですね。純金ですか」
「いや、金色は塗料だ。こいつは多重積層装甲でできてるんだ」
多重積層構造。とキタムラはオウム返ししてぽかんとする。
「お前さんじゃまだ装備しても意味がない。というより、こいつは用途がなあ」
ハンスが頭を掻きながら、苦笑いをする。
「魔法防御用として作った装備に、物理防御用の装甲を追加したのはいいが、今度は表面が魔法に弱くなってな。繰り返すうちにこんな重さになっちまったらしい。試験用に腕部分だけ作ってうちに売られてきたのさ」
「なんだかすごい品ですね」
ハンスはキタムラから籠手を受け取ると棚に戻す。キタムラは棚が壊れないか心配したがずいぶんと頑丈な棚のようで、置いた瞬間に揺れた程度で歪んだりはしなかった。
「基本的にうちは何でも買い取るようにはしてるが、こいつはさすがに無駄だったな。溶かして地金屋に売ろうにも魔法耐性が高すぎるから加工が難しくてな」
「冒険者に格安で売りさばくわけにはいかないんですか? 独りで戦う人には重宝しそうですけど」
いやいやいやと否定してハンスは続ける。
「下手に安値で出してみろ、初心者が買って戦闘中に動けなくなって命取りになっちまう。そのためにギルドの証明書で筋力やらを見てるんだ」
「なるほど、軽快に扱える数値に達してない場合は販売しないってことですか」
「ま、当たり前のことだが、いくら優れた防具でもある程度動けなけりゃ隙間を狙われたりするんだからな」
キタムラがなるほど。なるほど。と頷く。
「ゲヴィッター王国騎士団の重装備兵でも結構な速さで動けるからな」
「王国騎士団っていうと、王国軍とは違って国家間の戦闘用員でしたか。重装備兵というのはそんなに装備が重いんですか」
「ああ、うちに流れてくることは無いがありゃ着てるだけでも肩がこるだろうよ。全身装備に比べりゃこいつはそら軽いだろうが、バランスが悪くて取り回しづらいわな」
「防御範囲も狭いですしね。っと、そういえば盾を選ぶんだった」
キタムラは同意すると、本来の目的を思い出す。それと同時入店のベルが鳴り、ごゆっくりと言い残してハンスはそちらの接客に向かう。
「さて・・・と、どれにしようかな」
キタムラは呟いてから壁際を仰ぎ見る。しばらく悩んだ後に歪曲した長方形の盾を選ぶ。
「これでお願いします、そちらの盾は買取をお願いします」
ハンスは他の客にかかりきりのようで、いつもの女性店員に会計してもらった。縁のボロボロになった円盾を買い取りしてもらうようにしてもらう。
「えーっと、きたむらさん? こちらの買取とそちらの盾のご購入ですね」
巨漢のハンスとは違い、こちらの女性店員は背が低い。といってもヒトの身長としては通常サイズだろうか。
「私、顔を覚えるのが苦手でして、お名前間違ってませんか」
「ええ、はい。それでお願いします。」
おっとりと喋る女性は、そろばんのような道具で計算をした後、支払い金額を提示してくれる。
キタムラは支払いをしながら、ハンスが会計してくれたときを思い出す。ハンスの計算と違って女性はずいぶんと計算が速いようだ。
「確かにお受け取りいたしました。またいらしてくださいね」
「どうも、また寄らせてもらいます」
そう言うと、キタムラは外へと向かう。と、ハンスが丁度接客を終えたようで外まで見送ってくれるようだ。
「また来てきてくれよな」
「ええ、そうします。そういえば、ずいぶんと若い奥さんですね」
店員さんの。と小声でキタムラが言うと、ハンスが笑う。
「あいつは娘だむすめ。嫁さんは裏の工房で武具の調整してるさ」
お決まりだったがキタムラはここで言わなければ一生使わないだろうと思いたち、次の言葉を紡ぐ。
「似てないですね」
「うるせーわかってら。ま、俺に似なくて良かったとは思っちゃいるが、もう21になるってのに嫁の貰い手がなくてな、お前さんのところじゃどうなのか知らんがこっちじゃ15で成人だからな、困ったもんだ」
ハンスの言葉にキタムラは苦笑いする。
「32にもなってふらふらしてるよりもいいじゃないですか。実家の家業を継いでくれるんじゃないですか?」
「32だ? お前の兄弟か誰かか?」
「いやいや、俺ですよ俺。未だに独り身ですからね」
キタムラの言葉にハンスがぎょっとする。
「お前さんが・・・か、驚いたな。もっと若いかと思ってたぜ」
「あはは、良く言われます。とくにここだと」
「ま、うちの娘はやらんとだけ言っといてやるよ」
その言葉に再び二人は爆笑し、ひとしきり笑い終えると、今度こそ別れの挨拶をする。
再び訪れる日を約束して。これからの冒険を楽しむために。
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