第2話「既製品とチェーン展開」

 巨大な門扉から城に通ずる大通りから、三本ほど裏通りに入ると静かな武具店を見つけることが出来る。大手中古武具店チェーン「黒金屋」本店だ。

 武具店の木の扉を開けると小気味の良いベルが来客を知らせる。

 キタムラは店内に店主の姿を見つけ、声をかける。

「どうも、お久しぶりです」

 その声に棚に商品を陳列し、ハンスは振り向く。

「おぉ、あんたか。たしか・・・キタムラだったか」

「覚えてもらえて光栄です」

「商売柄、顔を覚えるのは得意なのさ」

 にかっと笑うと、ハンスは顎に手を当てる。

「どうやらずいぶん遠出したようだな、靴も鎧もボロボロじゃねぇか」

「ええ、隣の国まで遠征しまして」

 麻袋を肩から降ろして、袋の中身をハンスに差し出す。

「こいつはお土産です」

「土産だって? それほど仲がいいってわけでもねえだろう」

「いえいえ、どうぞどうぞ」

 ハンスは差し出された布の包みを受け取ると、キタムラを見やる。するとキタムラはどうぞといった風に頷く。

 ハンスが包みを解くと、中から出てきたのは短剣だった。さっそく鞘から引き抜いて、刃を見つめる。

「ほほお、こいつはモーントシャッテンの短剣か」

 刃渡りの短いそれは、モーントシャッテン帝国の短剣で、鋭い切っ先を持つ。

「あそこは風光明媚で有名だったな、俺も暇がありゃ行きたいもんだが」

 そうは言いつつ、ハンスの興味は短剣の方に注がれているようだ。

「いやあ、古き良き日本っ感じでとても良かったです。この小刀も日本刀に似てると思ってお土産に」

 その言葉にハンスは短剣からキタムラに目線を移す。

「ニホンってのはお前さんのお里かい、武器まで似てるのか」

「ええ、風土が似ているとそういうところも似てくるんですかね」

 そういうもんかね。とハンスは感心して、短剣を鞘に戻す。

「そういえば、黒金屋も支店がありましたね、あそこにもここと同じような品揃えでしたけど、いったいどういうことなんです」

 ハンスがカウンターの女性に休憩室に短剣を置いておくように伝えてから向き直る。

「そんなことが気になるなんて、お前さん、商売人か何かか」

「いや、冒険者ですけども」

「元の世界じゃ別の仕事してるんだろう」

 キタムラは苦笑いをしながら返事を濁すと、ハンスはまあいいかと言葉を続けた。

「うちの仕入先には冒険者ギルドが噛んでるからな」

「聞いておいてなんですけど、教えちゃって大丈夫なんですか」

 今さらだなお前。とハンス。キタムラは再び苦笑い。咳払いをしてからハンスは説明を始める。

「軍・・・エーデフォンアイゼン大陸同盟軍の装備品を作ってるのがマイスター協会」

「えっと、同盟軍は魔王軍に対抗するための軍隊、でしたか」

「抑止のための軍さ。魔王側が休戦協定を破って戦争を起こそうってなったら第一線で戦うことになるだろうが」

 そこでベルが鳴る。ハンスは客にいらっしゃいと声をかけ、客は顔なじみなのか軽い挨拶のみで店の奥へと入っていった。

「とはいえ、魔王軍側も俺ら人間と同じで一枚岩じゃないからな。魔王の命令に従わない士族は多い」

「そういうはぐれ者を、軍の代わりに冒険者が討伐を請け負うわけですね」

 ハンスはその言葉を肯定し、続ける。

「そういうことだ。ただ、軍にはいざというときに良い装備がなけりゃ動くに動けんからな。マイスター協会は数年単位で新装備を配備、軍の払い下げ品は冒険者ギルドを通じてうちに流れてくる」

「なるほど、各地で同じ品揃えをできるわけだ」

「そういうことだ、ここで仕組みを教えたところで、冒険者ギルドと専売契約をしてるのはうちだからな」

 その言葉にキタムラは腕組をする。

「それだと、冒険者ギルドにずいぶん仲介金をとられそうですけど」

 ハンスは声をあげて笑う。大きな声でいきなり笑うのでキタムラはぎくりとして、眼を見開く。

「いや、悪い。初心者のうちに命を落とす冒険者が多いから、ギルドは常に人手不足でな。お前さんも素性が不明瞭なのにすぐに試験に受かったんじゃないか?」

 思い当たる節があり、キタムラは曖昧ながらも頷く。

「多少なりとも初心者が生き残って、中級者以上になれるようにギルドはうちに卸してるんだ。これでもうちもなるべく安く仕上げて売りに出してるんだぜ」

 確かに。と思いつつもキタムラは切り込む。

「とはいえ、この間のお客さんはずいぶん高いと言っていたようですけど」

 キタムラの言葉にハンスは先ほどとは違い苦い顔をする。

「まああの客の言うこともわからんでもない。しかしな、もう使えないような物は売れん。うちも利益が上がらなけりゃ次の商品は仕入れられんしな」

 ハンスはため息混じりに続ける。

「それに近頃じゃマイスター協会が納品する物を高性能、高品質にしていってるからな。休戦が続いて兵士の練度が落ちてるから装備を良くせにゃ兵士の命がいくつあっても足りんとかでな」

「そういう兵士の代わりに冒険者が戦ってるっていうのも、なんだか本末転倒な気がしますね・・・」

「まあだからこそ、その高性能品のお下がりをなるべく安価に広く普及させようって狙いなんだろう」

 カウンターで先ほど来店した客が支払いをしている。ずいぶん話し込んでしまったようだ。とキタムラは思って、店内を見渡す。

「それじゃあ今日はその高性能品でもいただきましょうかね」

「おう、そうだな。土産も貰ったことだし多少はまけるぜ。とはいえ、金はしっかり用意してるんだろうな」

 商売人らしく、財布を心配するハンス。キタムラはにんまりと笑いながら、言葉を返す。

「そりゃもう。隣国まで遠出して、ただ風景を楽しんでたわけじゃないんですからね」

 キタムラは多くの経験を積んで、初心者から脱しようとしていた。中級者に見合う装備、武器も含めて購入するつもりだ。

「前回は武器を買いそびれてしまって。武器も見繕ってもらっていいですか」

 そう言って、冒険者ギルドの証明書を取り出す。

「おう、証明書を見る限り、ずいぶん冒険したようじゃねえか。こりゃあ色々とすすめられそうだぜ」

 にかっと笑ってハンスは歩き出す。壁際に掛けられた武器へと誘う。

「曲剣、直剣、それに手斧。好きなの選びな」

 キタムラはその選択肢から思案する。明日のまだ見ぬ冒険のために。

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