異世界中古武具店「黒金屋」

秋月竜胆

第1話「中古武具店と中古品」

 異世界移転装置による転移が安定した結果、異世界は行きやすい旅行先として流行した。

 度重なる異世界旅行者流入に、異世界人は戸惑いやときには争い、歓迎を示す。

 この世界、異世界番号024にも数多あまたの異世界旅行者が転移した。


 彼の名前はキタムラ・ショウ。現地の人間がエーデフォンアイゼンと呼ぶこの異世界024にやってきて一ヶ月。

 彼の本体である喜多村翔は「現世界うつつせかい」とよばれる異世界転移装置を持つ世界の自宅で時間凍結。

 時間凍結中は256倍の時間を異世界で行動できる。半日に設定しているので128日間をエーデフォンアイゼンで過ごすことができる。

 冒険者ギルドに所属することにより、冒険者になったキタムラはこの一ヶ月で多少の冒険と観光をし、装備を新調することにした。

 エーデフォンアイゼンは三つの大陸からなる世界構造で、中央大陸と呼ばれるこの大陸には人間の大都市ドンナーフォンクローネがあり、冒険の拠点として重宝している。

「ここだな」

 巨大な門扉から城に通ずる大通りから、三本ほど裏通りに入ると静かな武具店を見つけることが出来る。大手中古武具店チェーン「黒金屋」本店だ。

 キタムラは「現世界」人の知り合い、ナンジョウからこの店を紹介されてから3日間銭を貯めて来店したのだ。

 武具店の木の扉を開けると小気味の良いベルが来客を知らせる。ずらりと並んだ防具や武器に気持ちを昂ぶらせながら、キタムラは観察した。

 店には数名の客。男性が二人と女性が一人。いずれも連れ立ってはいないようで、それぞれに品定めしている。

 店員はカウンターに大柄の男性が一人。棚をはたきで掃除している女性が一人。

「いらっしゃい、はじめてかい」

 カウンターの男がそう言って、キタムラはええまあと返事をする。キタムラが扉を開けたまま中に入らなかったので声をかけたようだ。

 男は手にしていた剣を鞘に収めて、手ぬぐいをエプロンのポケットに突っ込むとカウンターから出てきて入ってくるようにうながす。

「店主のハンスだ。何を探してるんだい」

 そう言って、キタムラに握手を求める。

「キタムラです、いや、えーと、防具と武器をそれぞれ買い替えたいなと思ってまして」

 握った手はごつごつとしており、キタムラは手をやすりにでもかけられたようだと思ったが相手が離すまで笑みを浮かべた。

「ああ、お前さん、異世界さんかい」

「異世界さん」

 なにやら聞きなれない単語に、キタムラは首をかしげる。

「ここじゃ珍しくないからな、異世界からきてる冒険者が」

 そういうものか。とキタムラは思う。特に嫌味がこもった言葉ではないようだ。

「冒険者ギルドの登録証明は持っているんだろう」

「そりゃもちろん」

 キタムラはポケットから板状の登録証明をとりだすと、店主に手渡す。

「なるほど、なるほど」

 この証明書はステータスを数値で評価してくれる物で、こういった面では現世界よりも魔術の発展したエーデフォンアイゼンの方が進歩しているといえるだろう。

 実際、技術者が転移後に現世界で再現しようとしたが失敗した技術は多岐にわたる。航空力学を無視した飛翔体であるとか、遠隔操作可能な雷であるとか。

「今の防具も下取りするとして、この辺りの防具だな」

 下取りもしてくれるのか。さすがは中古屋だな。と思いつつキタムラはハンスの指差す棚を見る。女性店員がはたきをかけていたが、こちらに気付いて微笑んで隣の棚へと退いてくれた。

「へえ、これ中古なんですね。ずいぶん綺麗ですけど」

 実際、棚に並ぶ防具は金属部分が光を反射し、革部分の色艶も新品のようだった。

「うちは買取した後に、マイスターが補修してから店頭に並べてるからな」

 棚から胸当てを持ち上げてハンスはベルト部分を引っ張る。手加減しているとはいえ、隆起する筋肉から相当負荷がかかっているだろう。

「しっかりしてますね、どれにしようかな」

 その引っ張りにもびくともしない補修具合を見て、キタムラはうなる。

 キタムラは片手剣と盾による戦いをする。急所さえ守れれば鎧は軽いものを選ぶつもりだ。

「この、色の違うのは何です」

「そいつは怪物どもの甲殻から削りだしたもんさ。金属より軽いが、防御力は落ちる」

「でも良い曲面ですね、流線型だ」

 手にとって表面を撫でると、加工されていない部分がざらざらとしており、指の脂を吸い取る。カニの甲羅のようだ。

 そうして触っていると、店の入り口付近のカウンターで大きな声がした。男性の怒鳴り声だ。

 キタムラがそちらに振り向くと、隣に立っていたハンスはすでにそちらへと向かっていた。

 カウンターは会計中のようだ。キタムラは興味本位でそちらに向かう。

「お客さん、どうなさったんで」

 大男のハンスに後から声をかけられたのは、こちらも大男だ。巨体の腰にいかつい手斧と、左腕には円盤盾を籠手のように装着している。

「あんたが店主か、なんだこの店は、ぼったくりか」

 大声でわめく巨体の男は、顔面を赤くし、怒りをあらわにする。

「なぜ既製品の鉄鎧がこんなにするのだ、原価は3分の1もせんだろう」

 キタムラは大男の話にうんざりとする。ここでもそんなことを言う人間がいるのか。

「しかも、こいつは軍のおさがりだろう、三年前のだ。裏面を見れば所属まで書いてあるじゃあねえか」

 大男が裏に刻まれている軍のエンブレムを指差す。エーデフォンアイゼン中央国家、ゲヴィッター王国軍エンブレムの竜巻に交差槍の印だ。

「お客さん、うちはマイスターが補修してるんだ、妥当な値段だと思うがね」

「なんだとう、ベルトを換えるだけで値段を三倍にするのか。中古でいつ壊れるかもわからんのにか」

 その言い様に、ハンスも表情を強張らせる。

「ベルトを換えるだけ。なるほどお前さんはなんも見えてやしねえな」

 ハンスは大男から鎧を奪い取ると、ベルトを腕にくくりつけて言い放つ。

「腰のもんが飾りじゃないってんなら殴ってみな、うちはボロになっちゃいねえか、錆びはねえか一個いっこ調べてんだ」

 ハンスの売り言葉に大男は激昂。手斧を引き抜き、叫び声をあげながら縦に殴りつけるように斬りつけた。

 キタムラは間に割って入ろうかと思ったが、遅かった。しかし、その必要はなかった。

 金属音が響き、鎧は斧を完全に受け止めていた。受け流すだとかそういうことではない。むしろ手斧が刃こぼれをしている。

「既製品も頑丈でまだまだ使えるだろ、なあお客さんよ」

 ハンスはにかっと笑い、大男は唖然とする。

「なんなら手斧もいいのがあるぜ」

 鎧を持っていないほうの左手で店の奥を指差すハンスに、大男はもごもごと何か言ってカウンターに金を出す。

「まいど、またきてくれ」

 鎧を男に手渡すとハンスは店先まで見送る。というよりもさっさと帰らせたのだろう。

 キタムラは先ほどの胸当てを手に、カウンターへと向かう。はたきで掃除をしていた女性が会計をしてくれた。

「いや、ご店主には感心した。また寄らせてもらいます」

 装備していた胸当ても下取りもしてもらい、差額を支払うと店先から戻ったハンスが挨拶をする。

「おおまいど、そいつにしたんだな。見る眼あるぜあんた」

「ただの転売じゃないってとこ、見せてもらいましたからね」

 苦笑いでハンスは応える。

「今後ともごひいきに。初心者さんも、異世界さんも、中古武具なら『黒金屋』ってのがうちのうたい文句だからな」

「ええ、今後ともお世話になります」

 キタムラは店を出る。昼を食べ、新たな冒険へと向かうために。

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