7、裏側

 話はハルと竜太が別れた後まで遡る──


 竜太は再び件のマンションへと戻っていた。

どしゃ降りの雨が不機嫌な彼の神経をより一層逆撫でする。


(宮原ハルか……)


 怯えていたとはいえ、妙にウジウジとした暗い態度。

人の顔色ばかり伺う、口下手な女。


(あぁいう奴、苦手だ)


 奇しくもハルと同じ感情を抱いていた竜太は険しい顔で空を仰いだ。

マンションの屋上に男の姿は無い。

小さく舌打ちをしてから、彼は大きく息を吸った。


「オッサン! !」


 もし通行人がいたらギョッとするような言葉を言い放つ。

雨音で大分かき消されてはいたが、どうやら相手には伝わったらしい。


 屋上に男が現れる。

その数秒後、男はドシャリと音を立てて落下した。


 身体のあちこちが変な方向に折れ曲がり、頭の半分も形容しがたい惨状だ。

その姿は先程ハルの横に降ってきた時と全く同じ物だった。

飛び散った血が雨に流され、消えていく。


 竜太は地に倒れ伏す男を見下ろした。

男はハルを探すように、残った片眼をキョロキョロと動かしている。


「オッサンさ。もうあのお姉さんにつきまとうの、やめてくんない?」


 男は何も言わない。


「あのお姉さんの代わりにさ……俺が、あんたが落ちてもを探してやるよ」


 男の目が竜太を捉えた。

その様子から、彼は自分の推測は外れていなかったのだと確信する。


「悪くない条件じゃない?」


 暫く見つめ合った後、男は消えた。

交渉が成立した事を感じ取り、そっと安堵の息を吐く。


(これでハルさんは大丈夫。……問題は俺だけど)


「めんどくさ……」と呟き、彼はマンションを後にした。



 その二日後、竜太はある五階建てのアパートを見付けた。

そこは落下対策の返しがあり、下には駐車場のトタン屋根が備わっている。

すぐ近くには多くの木や低木が植わっている。


落ちれば、大怪我で済むかもね」


 竜太が最後に見た男の姿は、そのアパートから木に向かって落下していく瞬間だった。

それ以降、彼が男を目撃する事は二度と無かった。

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