5、旧世与町
男の心情を推し量るハルの様子を見ながら、竜太は続ける。
「不思議だったんだよね。たまに見かける程度の奴が、最近になって急にあのマンションからばっか現れるようになってさ……で、見に行ったら、ハルさんに会った」
(この子、ただの好奇心であのマンションに来てたの?)
呆れるハルだったが彼の行動が無ければ自分は今頃何の収穫もないままだった筈だ。
運が良かったとしか言いようがない。
「でも、どうして場所を一つに変えたんだろう?」
「そりゃ、ハルさんが見つけてくれたからじゃないの」
平然と言ってのける竜太に、ハルは目を見開いた。
「
「そんな! 私、何も出来ないのに……」
男の満面の笑みを思い出し、腕を擦る。
冷房と冷茶も相まって鳥肌が止まない。
例え同情する余地はあってもあの恐怖が消える事は無かった。
「開き直って無視するしかないね。奴が諦めてくれるのを待てば?」
「無理だよ……何かこう、除霊? とかって方法はないの?」
元々オカルトなど興味の無かった彼女には超常現象の類いの知識はテレビで得た位しかない。
しかし竜太は無情にも片手をひらつかせた。
「俺、霊能者とかじゃないから無理。そもそも霊感ないし」
「……はい?」
「だから、俺、霊感とか、ない」
一句一句を強調して話す姿からは嘘を言っているようには見えない。
今回のような非現実的な事象に慣れていそうな印象を抱いていたハルは、信じられないといった面持ちで彼を見る。
「で、でも、え? あの男の人が、見えてるんだよね? 他の人には見えてないみたいだったし……」
あぁ、と竜太は頭を掻く。
どう説明しようか悩む様が、ハルには面倒くさそうな素振りに映った。
「たまにいるんだ。俺等みたいな人。世与市……というか、「旧
「ど、どういう事?」
「それまで見えなかった物が、
あまりに突飛な話である。
「どうして、その旧世与町? に居ると視えるの?」
「……知らない。ただ昔から世与は
竜太は言うだけ言って席を立つ。
飲み物のおかわりを取りに行くのだろう。
一人残されたハルは彼の言葉を反芻して考えた。
(情報量が多すぎる……というか、解決策が引っ越すしか無いって事? それは無理だ。じゃあ一体どうしたら……)
そもそも彼は何故そんな事を知っているのか。
自分達以外にも視える者がいるのか。
むしろこれは本当に現実なのか。
グルグルと思案を巡らす彼女に答えなど出る筈も無い。
あれこれ考えている間に、竜太は湯気の立つ紅茶とココアを手に戻ってきた。
彼は「選んで」とだけ呟き、その二つをテーブルの中央に置く。
紅茶が苦手なハルは少し悩んだ後、遠慮がちにホットココアを手に取る。
彼はそれをじっと確認してから少し不満気に紅茶を手元に寄せた。
「……で、あいつを無視して過ごす覚悟はできたの?」
どこか皮肉たらしい彼の言葉に、ハルはブンブンと首を振る。
「……あの、私達以外にも視える人って、どのくらい居るの?」
「さあね。わざわざ自分から『色々視えます』なんて言う変人はいないでしょ。……まぁ若い奴は少ないみたいだけど」
「どうして?」
「簡単。視える若い奴は世与から出ていくから」
なるほど、とハルはココアを飲む。
甘さが染み渡り、緊張しきりだった彼女の心を幾分か落ち着かせた。
竜太もつられるように紅茶を口にしたが、好みではなかったのか僅かに顔をしかめてカップを置いた。
「……それにしても、ハルさんも災難だね。あんなオッサンに気に入られて」
「はぁ……」
「ああいう奴って、なに考えてるか分かんないしね。チラチラ構ってアピールしてさ。察しろなんて無理な話だよね。わざわざこっちから構ってやる義理なんて無いのに。……大体、言いたい事があるなら、直接ハッキリ言えって感じ」
(耳が痛い……)
やけに饒舌な酷評が鋭く心に突き刺さる。
まるで学校での自分を評されているようだった。
「ハルさんは、そう思わない?」
有無を言わさぬ口調にハッとする。
(あぁ、最後の言葉は、私に対して言ってるのか……)
「そう、だね。……ハッキリ言えたら、良いのにね」
「……分かってんなら良いけど。次にあのオッサンが近くに来たら『うぜぇ迷惑だ!』って言ってやったら?」
「いや、それは流石にちょっと」
いつまでも煮え切らない態度のハルに、竜太は若干苛ついた様子で口を尖らせた。
「舐められたら負けだ思う。……別にいいけど」
「……が、頑張ります……」
「うん。でもまぁ、変なのを視た時は無視が一番だよ」
無表情のまま水を口にする彼を見て、ハルは何となく、彼も紅茶が苦手なのかもしれないと感じた。
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