3、迷い

「ハルさん、後で詳しく」


「えっ、あ、うん……」


「じゃ」


 それだけ言うと竜太はクルリと向きを変えて歩き出してしまった。

猫のマスコットを七里の元へ持って行くのだろう。

急に話を切り上げる所も相変わらずである。

ハルは彼の背に向かって「ありがとう!」と声を張り上げた。


「え? 何? あの子帰るの? ちょ、待っ……」


 タイミングを逃した北本も慌てて礼の言葉を叫ぶ。

振り返るのも面倒だったのか、彼は片手を上げて返すのみだった。

北本はふぅと肩の力を抜く。


「……行っちゃったよ。クールな子だねぇ」


「だよね。いつもあぁだよ」


 ヘラリと笑うハルの顔が珍しかったらしい。

北本はニヤニヤとらしくない笑みを浮かべる。


「ふぅ~ん。なるほどなるほど」


「? 何?」


「いやぁ別に。ハルはあの子と話す時、ちょっと雰囲気違うなって思っただけ」


 そんだけ、と言いながら北本は鞄を肩にかけ直す。


「……っていうか、ごめんね。なんか私と一緒に帰ったせいで、怖い目に遭わせちゃったみたいで」


 もう一人で帰れると話す彼女の顔色は学校を出た時よりも良くなっていた。

だからといってこのまま「はいそうですか」と言える程ハルは淡泊にはなれない。


「心配だから、ちゃんと家まで送らせて?」


 ハルにしてはハッキリとした意見である。

北本は驚きながらも嬉しそうに礼を言った。




 その後、無事北本を送り届けたハルは再び竜太に電話をかける。

電話は普通に繋がり、先程のように途切れて聞こえる事はなかった。

やはり猫のマスコットは七里の元へ運び込まれたらしい。

このままハルもナナサト床屋に行こうかと問うが断られてしまった。

どうやら彼ももう帰る所らしい。


「でも、あの猫ちゃん持ってて、七里さんは大丈夫なの? 忍さんは居ないんじゃ……」


 七里の身を案じるハルに対し、竜太は「平気」と素っ気なく返す。


──忍さん、自分が居ない時の為にヤバい物を入れておく箱、用意してる。それにさえ入れちゃえば、大抵のモノは出てこれない。


 そんな封印じみた箱まであるとは思いもしなかった。

忍の人並み外れた力はハルの想像を大きく上回っており、そら恐ろしさすら感じてしまう。

今まで回収された首なし人形等もその箱にしまわれてから忍の手に渡ったのだろう。


──それで、あのお姉さんの言ってた友達って、ハルさんのクラスの人?


「……うん」


 ハルはまだどこか信じられないという思いで肩を落とす。

吹き抜ける冷たい風が彼女の心情を表しているかのようである。

竜太は暫し考えているようだったが、やがて静かに口を開く。


──ハルさんはどうしたいの。


(どうって言われても……)


 どうしたら良いのか分かればこんなに悩む事もない。

電話口で黙り続ける彼女に、竜太が痺れを切らした。


──あのお姉さんを見捨てて、犯人にはもう関わらないようにするって手もあるけど。


「それは駄目っ!」


 北本はハルにとって世与で初めて出来た友人である。

そんな彼女を放っておくつもりはない。


「私、本当にその人が呪いを行ってるのか、ちゃんと確認したい」


──確認なんかしてどうするのさ。説得で言うこと聞くとは思えないけど。どう考えてもヤバいヤツだよ、そいつ。


(そうかもしれない、けど……)


 相手は人を呪う為に噂を撒き、言葉巧みに人を誘導し、生き物の命を奪う人物である。

しかもそんな行為をしながら何食わぬ顔で日常を送っているのだ。

常人とは思えぬ闇の深さを考えると確かに恐ろしい。

関わらない方が賢明だろう。


「でも、でもね。呪いって、失敗したらその人も危ないんでしょ? このままだとアカリちゃんも、その人も、どっちもマズいんじゃない?」


──は? 犯人は自業自得でしょ。


 竜太は犯人を敵とみなし完全に割り切った考えでいる。

全く同じようには考えられず、ハルは無意識に拳を握った。


「それでも、出来れば呪いをやめるように、言いたいよ。アカリちゃんを恨む理由が分かれば、何か変わるかも、だし……」


──何かって何。恨むなって人に言われても、止められるもんじゃないと思うけど。


 彼からは無駄だといわんばかりの冷めた反応しか返ってこない。

流石に説得は無理かと諦めかけていると竜太のため息が聞こえた。


──……仕方ないから、犯人そいつと話すなら俺も付き合うよ。


「え!?」


 急な付き添いの申し出に彼女は酷く困惑する。

竜太は半ば諦めたようにぼやいた。


──一人で勝手に動かれて、また走って迎えに行くの面倒だしね。


「そんな、悪いよ! それに、相手が何かするって決まった訳じゃないし。とりあえず話を聞くだけだよ……」


──それはハルさんが勝手に思ってるだけでしょ。いいから、そいつと話つける時は俺も立ち会う。


 頑として譲らない彼に押し負け、ハルは犯人と思しき人物を呼び出す日時が決まったら教える旨を了承する。


「あの、竜太君。いつも助けてくれて、ありがとう」


──別に。


 やっと落ち着いて日頃の感謝を伝えられた──

そんな達成感を感じる暇もなく、彼は「それじゃ」と通話を切ってしまった。


 ハルはスマホを片手に寂しく通学路を歩く。

体はクタクタだった。

商店街の方からシャッターを下ろす物悲しい音が聞える。

彼女は夕闇の空を見上げ自問自答した。


(私は、どうしたいのか、か……)


 ハルだって危ない事はしたくないし怖い目にも遭いたくない。

だがそれ以上に、やっと出来た友人を守りたいと思う気持ちの方が強かった。

このまま何もせずに北本を見捨ててしまったら、この先ずっと友人を持つ資格はないような気さえするのだ。

そんな自分は嫌だし、そんな人間だと竜太に思われるのも嫌だった。

ハルはやるせない思いで目を擦る。


(はっきり、させなくちゃ)




 その晩、彼女はある人物に「大切な話がある」とメッセージを送った。

それを相手がどう受け取ったかは定かではないが、短く「わかった」と返信が届く。


(猫のマスコットに込められてた呪いは失敗してる筈……大丈夫なのかな?)


 この期に及んで相手を気遣う彼女の元に、追ってメッセージが届いた。

内容は「明日、土曜の朝なら時間が取れる」というものだった。

随分と急な日程に焦りながらも、約束通り竜太に連絡を入れる。

問題ないという彼からの返事を受け、ハルは改めて相手に「それで良い」と伝えた。


(……明日の朝八時に、南世与駅近くの、高架下の公園か……)


 ひと気の少ない場所の指定が不穏に思え、ハルの鼓動が早まる。


(これは、どういうつもりなんだろう……)


 相手には竜太が来ることは伝えていない。

にも関わらず、どこか警戒されているように感じ取った。


(弱気じゃ、駄目。ちゃんとしなきゃ、呪いをやめてなんて、説得できない)


 ハルは部屋で一人、迫る明日に向けて強い意思を固めるのだった。






「ハルさん、これ、持ってて」


 土曜の朝。

南世与駅の改札を出ると、竜太は赤色の御守りをハルの眼前にぶら下げた。

刺繍ではなくプリントされた文字で「防」と書かれている。


「何? この御守り、字が珍しいけど……」


「忍さんがくれた御守り。字のセンスが変なの多い」


 どこかで見覚えのあるそれを、ハルはジャケットのポケットに大切にしまう。

フワリと体が軽くなったような気がしてとても強い物に守られているような感覚に包まれる。


「竜太君も持ってるの?」


「……一応。普段は持ち歩かないけど、今日は念の為」


 彼は首から下げていたらしく、パーカーの襟元からチラリと赤い御守りを見せた。

それを再び服の下に隠し、彼は駅の出口へと向かって歩き出した。

駅構内の時計は七時四十分を指している。

約束の時間までまだあるが早いに越したことはないだろう。


「ハルさんは説得に失敗したら、どうする気なの」


「それは……」


 公園は駅を出てすぐそこだ。

答えに詰まる彼女に、彼は非情な提案をした。


「相手が呪いを止めないって言うなら、こっちは邪魔をしないって約束して、見逃して貰おう」


「そんな! それじゃアカリちゃんが……」


「そうでもしないと、最悪、誰も残らないかもしれない」


「…………」


 ハルが微かに頷いたのを確認すると、竜太は小さく息をついた。


 二人はすぐに高架下の小さな公園に到着する。

ここは以前、ハルがこっくりさんの一件で桜木と訪れた場所である。


 ひと気のない公園の片隅。

鉄棒に寄りかかるようにその人物は立っていた。



「おっはよーハル! 早いねぇ」


 いつもと変わらぬ調子のリナがにこやかな笑顔で手を振っている。

つい普段通りに笑顔を返しそうになるハルだったが、すぐに気を引き締めた。

二人は彼女の数メートル手前で立ち止まる。

あのリナは自分の知るリナではないかもしれないのだ。

緊張した面持ちのハルに構わず、彼女は笑顔を絶やさない。


「ハルってばひっどーい! 男連れなんて聞いてないんですけどぉ~。あ、少年君、初めましてー。宮宮コンビのお喋り担当、宮町リナでぇっす!」


 竜太はバチンとウインクする彼女を真正面から睨み付けた。

それを気にするでもなく、リナはケタケタと笑う。


「で、私に何の用? 彼氏自慢?」


「いや、あの、えっと……」


 普段以上のテンションの高さに違和感を抱くが、なかなか「呪いを行ってるのか」などとは聞けない雰囲気である。

ハルが煮え切らない態度でいると、竜太が一歩前に出た。


「あんた、自分がやってる事がどんな物か、分かってたんだよね」


「んん? 何の事かにゃ~?」


 白々しく茶化す彼女に呑まれず、竜太は続ける。


「あれだけ色々やらかして、ただで済む筈ない」


 初めてリナの顔から笑みが消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る