4、末路
その顔は能面のように表情がない。
何かの間違いであって欲しいというハルの最後の希望はいとも容易く崩れ去った。
「……ハルってズルいよね。結局自分で言わずに、その子に話させるんだ?」
その言葉にハッとする。
「私に何か言いたいんじゃないの?」とせせら笑うリナと向き合い、ハルは声を震わせた。
「……人を呪うなんて事、やめて欲しい。アカリちゃんだけじゃなくて、リナちゃんの為にも」
それを聞いた途端、リナは「うーわー。良い子ちゃんだぁ~」と顔を片手で隠してケラケラと笑い出した。
「そんなんで止められたら、ハハッ、今頃私は
彼女はヒーヒー言いながら鉄棒に肘をかける。
「前にも居たなぁ。ハルと同じ事言うお兄さん。一回しか会った事ない人だけど」
もうシラを切る気もないのだろう。
リナはふてぶてしくハル達を見据える。
「折角だしさぁ。インタビュー受けたげるよ。今ならスリーサイズ以外、何でも答えちゃう」
嫌に余裕しゃくしゃくな態度を警戒しながらも、ハルは正直な胸の内を明かす。
「どうしてあんな……酷い事したの? リナちゃんがそんな人だなんて、まだ信じられないよ」
悲痛なハルの思いはリナの嘲笑に跳ね返される。
「ハルが私の何を知ってるってのさ! 私は今も昔もずーっとこうなの。アカリの事だって最初からずーっと嫌いだよ。顔良し、頭良し、人望あり、何その人生イージーモード! ほんっとムカツク!」
「それ、アカリちゃんが悪いって訳じゃ……」
「そうだよぉヒガミだよ~! 言わせないでよねぇ、もうっ!」
明るい口調で捲し立てる彼女の目は狂気をはらんでいる。
すっかり気圧されるハルの反応も見ず、リナは情緒不安定に語り続ける。
「それでもアカリと一緒にいると得も多いからさ、我慢してた訳。なのにあの女、よりによって
「え、と? 川口……君……?」
リナと川口は親しくないご近所さんだと聞いていたが、彼女には秘めた思いがあったというのか。
だからといって妬みで人を呪うなどハルには理解出来ないし、したくもなかった。
「そんな事よりその呪術、どこで知ったの」
動機などに興味のない竜太が心底どうでもよさそうに口を挟む。
リナは「あはは、
「完全な独学だよ。私、昔から人形遊びが好きでさ。ある日人形を嫌な子に見立てて苛めたら、その子が不幸な目に遭うって気付いたの。霊も視えるし、マジで天才じゃね? 私天才っ!」
嬉々として語る彼女はもうハルの友人ではない。
愕然とするハルの姿など彼女の目には映ってはいなかった。
「それからはもう、オカルト街道まっしぐら! もう止められない止まらない! だって嫌な奴、みーんな不幸になるんだよ? 超スッキリ!」
ショックのあまり何の反応も出来ないハルに変わり、竜太が咎めるように口を開く。
「鏡の噂を流したのも、矢を回収したのも、桜の木の書き込みもあんたの仕業?」
「……へぇ、サイトの自演まで気付いたんだ? 君って鋭いねぇ」
ケロリと肯定され、ハルは「そんな!」と声を荒らげた。
「だって、あの時はリナちゃんだって危なかったじゃない。私が勝手に飛び出さなかったら、リナちゃんが首吊りの人に……」
「うん。でも、ハルなら身を挺して庇ってくれるって信じてたよっ」
グッと親指を立てたリナは「それにね」と歪んだ笑みを浮かべる。
「もしハルが助けてくれなかったとしても、私には強~い『御守り』があるからね。どっちにしろ、あの首折れ野郎が邪魔なハルを消してくれる可能性は高かった訳だ」
彼女は「いやぁ惜しかったぁ~」と指を鳴らす。
本当に自分を殺す気だったのだと知り、ハルは膝から崩れ落ちた。
咄嗟に竜太に腕を掴まれたが立ち上がる気力は湧いてこない。
(友達だって、思ってたのに。仲が良いって、思ってたのに……!)
「……その『強い御守り』って奴のおかげで、呪いを繰り返しても平気だったし、呪具作りに失敗しても無事でいられたんだ?」
「そゆ事。まぁ効力は無限じゃなかったみたいだけどねぇ。だから焦っちゃったの。……それで失敗した上、正体バレた訳だけど」
ザマァないわ、と彼女は上を見上げた。
高架下な為、青空は見えない。
電車の走る音がうるさく響く。
「その御守りってのはあんたが作ったんじゃないのか」
「これは貰い物。……三年位前かな。その頃川口と美園が付き合い始めてね。ちょっと美園の事呪い殺してやろうと思ってさ。でも、失敗しちゃってまぁ大変。逆に私が呪いに当てられて死にかけたの」
リナはとてつもなく恐ろしい事を懐かしむように語る。
「そしたら偶然通りがかったお兄さんに救われたの。超ラッキー! その時反省した私に『もうやるなよ』って渡してくれたのがその御守りって訳。……ま、結局止められなくて今に至る訳だけど~」
そう言って彼女は一瞬、目を伏せた。
しかしすぐに食えない態度に戻り、「そーいや八木崎の御守りも私のに似てたなぁ」と呟いている。
八木崎の名前が出た事でハルはクラスでの異変を思い出した。
「あ、あの黒い手! あのモヤも、リナちゃんの仕業なの?」
「……あぁ、あれは私も想定外。あの女共、修学旅行中、川口に言い寄ろうとしてた奴等でさぁ。私、無意識に生霊飛ばしてたみたいなんだよね。世与に戻った時は焦ったよ」
テヘペロ、と軽口を叩いて舌を出す彼女にはもはや嫌悪感しか抱けない。
一方的な歪な愛だと本人は自覚していないのだろうか。
(……泣くもんか……!)
ハルはフラリと立ち上がり、キッと前を向く。
ふいにリナは「あ、そうだ」と思い出したように二人を見た。
「私からも質問。教室と演劇部室に分けて隠した人形をどっかにやっちゃったのって、ハル?」
「……うん」
桜木の事を伏せて肯定すると、彼女は「やっぱり!」と納得した様子を見せた。
「あの人形、私が小さい頃からず~っと大事にしてた一番のお気に入りだったんだぁ」
大事にしていた分、人形からしたら裏切られた思いは相当のものだった筈だ。
ハルは首のない女と対峙した時に流れ込んできた悲しさ、悔しさの感情を思い出す。
アレは、あの感情は、本来はリナに向けられる筈の物だったのだ。
それを無理矢理北本に向けさせようという彼女のやり口に、ハルは煮えるような怒りを覚えた。
「折角大事な思い出の人形を犠牲にしてまで
リナは嫌みたらしく拍手をする。
手を叩く音に紛れて何か別の音が近寄っている事に、ハルと竜太はほぼ同時に気が付いた。
(何? この音……)
身を強ばらせるハルに対し、竜太は落ち着いた様子でリナを見つめた。
その目はどこか哀れみを帯びている。
「古い御守りに、度重なる呪いの失敗。流石に今回は防ぎきれなかったんだね」
「あはは、君は本当に鋭いねぇ」
(どういう事?)
訳が分からず、睨み合う二人を交互に見ている間にも音はどんどん大きくなっていく。
ガサゴソと聞こえる複数の蠢く音の正体に気付いたハルは口を覆った。
いつの間にかリナをグルリと取り囲むように、小さな灰色の塊が地を這っていたのだ。
(あ、あれは……!?)
輪郭が定かではないぐにゃぐにゃした灰色のそれらは、よく視ると中心に動物の姿が透けて視える。
あるものは虫、あるものは兎、あるものはハムスター。
「あの動物ってまさか……」
「あいつが今まで殺した生き物だろうね。あの人を守る力が完全に無くなるのを待ってたんだ」
その灰色の塊の中に、尻尾が白い黒い仔猫を見つけた。
堪え難い吐き気に襲われ、ハルは口を覆う。
──ニャア。
仔猫が一鳴きすると灰色の塊はウゾウゾと一つに集まり、昨日北本にまとわり付いていた灰色の何かに姿を変えた。
それはウニョウニョと覚束無い足取りでリナに向かって行く。
流石にまずいと思ったハルが叫ぶ。
「リナちゃん!」
「待った」
駆け寄ろうとするハルの肩を竜太が掴む。
彼は険しい顔でリナを見つめ続けていた。
「り、竜太君! このままじゃリナちゃんが!」
「ハルさん、やっぱり気付いてなかったね」
「何が!?」
話している場合ではないと慌てるハルに、リナはクツクツと笑いだした。
竜太は彼女から目を背ける事なく肩に置いた手に力を込める。
「ここにあの人本人は来てないよ」
「…………は?」
バッと弾けるように振り返ると、彼女は灰色の大きな塊に呑み込まれようとしていた。
「あっはははは! ハルってば本当にニブチンだよねぇ。私なら今頃、自分ちのベッドの上だよ~」
まるで抵抗する様子もなく、彼女はただ捕食されるように取り込まれていく。
為す術なく立ち尽くすハル達に向かってリナは自嘲した。
「あーあ。結局、一番恨まれたのは私だけだったな~」
彼女の体の殆どが灰色の塊で覆われていく。
竜太は「最後に一つ良い?」と問いかけた。
「あの猫のマスコット、中身は何?」
「……あぁ、あれね。自分の目で確認したら?」
リナはもう顔しか見えず、喋るのも億劫そうだ。
「冗談。開けたら何か仕掛けてあるんでしょ」
「……ホント、鋭いねぇ。ま、良いや。中身は鏡の細かい破片と、ボウガンの矢羽の欠片とー……後は……教えてあ~げないっ」
イタズラっぽく目を瞑り、リナは完全に灰色の塊に呑み込まれてしまった。
モゴモゴと蠢く巨大になった塊を前にハルと竜太は身構える。
(まさか、こっちに来ないよね……!?)
見ているだけで喉にこみ上げる物がある。
理不尽に命を奪われた怒りはリナを取り込んでも収まらないのだろうか。
灰色の塊は不快な動きでハル達の方を向く。
二人はジリ、と足を踏みしめた。
額に珠のような冷や汗が浮かぶ。
(走って、逃げ切れる……?)
すると突然、ハル達の前に背の高い影が立ち塞がった。
「あれは……!」
その背中には見覚えがあった。
残バラ頭に白いブラウス。
水色のフレアスカートに白いハイヒール。
ツルリとした質感の肌。
(呪具にされかけた、あの人形だ!)
カツーン、と女が灰色の塊に近付く。
固唾を飲んで見守っていると、女はそっと灰色の塊を抱きしめた。
激しく蠢いていた
女は抱きしめる手をそっと離し、ゆっくりハル達に向き直ったかと思うと深々と頭を下げた。
その目は潰されたようにぐちゃぐちゃでとても直視できた物ではない。
まるで血の涙を流しているかのようだ。
女はカツーンと靴音を響かせ、灰色の塊を引き連れて公園を出て行く。
カツーン、カツーン……
あれらの行き先はどこなのか見当もつかない。
遠ざかっていく足音を聞きながら、竜太はポツリと漏らした。
「連れてっちゃったって事は、あの人形は呪いに利用されても、あの人の事好きだったのかもね」
嫌な気配も吐き気ももう無い。
ハルは呆然と女が去っていった先を眺め続けている。
「……それとも、体を戻してくれたハルさんに恩返ししたかっただけかな。自業自得とはいえ、呪いに取り込まれるなんて気の毒な人だね」
彼は鉄棒に歩み寄る。
リナが立っていた所にはズタズタに裂かれた真っ黒い御守りらしき物が落ちていた。
「嫌いな奴の為に自分が嫌な奴になるとか、意味分かんない」
返事を待たず一方的に喋る竜太は珍しい。
御守りの残骸を半紙で包んで回収する彼に向かい、ハルはやっと言葉を振り絞った。
「……ここに、リナちゃんが来てないっていうのは、どういう……」
「そのままの意味。ハルさんも、もう分かってるんでしょ」
ハルはただ、リナを止めたいだけだった。
友人を助けい一心で話し合いをするだけのつもりでいた。
こんな結末は望んでいない。
なぜもっと早く気付いて止められなかったのかと後悔しかない。
あまりにあっけない彼女の末路に、ハルは歯を食いしばって泣くのを堪えた。
その後、休み明けの学校で、リナが自宅のベッドで意識不明の状態で発見されたと教師から告げられた。
しばらく休学するとの事だったが、彼女の魂はあの恨み辛みの籠った動物達に取り込まれてしまったのだ。
恐らくもう二度と彼女のひょうきんな笑顔を見る事はないだろう。
その事実を知るハルはクラスの友人達と共に深い悲しみに暮れるのだった。
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