7、推察

 帰りの道すがら、ハルは聞くに聞けなかった質問をする。


「ねぇ、あの忍さんって人、何者なの?」


 七里忍はどう考えても視えるだけの一般人ではない。

一歩先を歩く竜太はボソリと「本物」と呟いた。


「忍さんは俺達とは違う。世与に居なくても視えるし、祓ったり、他にも色々出来るっぽい。仕事は教えてくれないけど、公務員って言ってた」


「公務員!?」


 大学生あたりだろうという彼女の予想は大きく外れた。

あの派手な外見で公務員などありえるのだろうか。

竜太は真面目な顔で足を止める。


「忍さんは強いけど、県外に住んでる。今日はたまたま来てただけだから、頼りにしちゃダメ」


「わ、分かった」


「次は気を付けて。……また何かあったら知らせて」


 それきり竜太は黙ってしまった。

どこか大人しい彼が気になったものの何となく指摘しづらく、結局その沈黙はハルの家に着くまで続いたのだった。



 帰宅後、ハルは何気なく確認したスマホにギョッとする。

普段ならあり得ない数の不在着信や未読メッセージが溜まっていた。

その内の数件は大和田や志木からの他愛ないメッセージだったのだが、残りは全てリナからの安否を確認するものだった。


(そういえば、明らかに変な別れ方しちゃったもんなぁ)


 慌てて電話を折り返すとリナは数コールで電話に出た。


──ハル! 大丈夫!? ちゃんと家帰れたの!?


「う、うん。遅くなってごめんね。今帰ったの」


──も~、ホント遅いよ~。でも良かったぁ~……


 本当に心配したと叫ぶ彼女には心底申し訳なくなる。

ハルはリナにつられて涙ぐみながら「休んでたら遅くなっちゃって」と誤魔化した。


──そっかぁ。まぁ平気そうなら良いよ、もう……ホント良かったぁ……


 叫び声から一転、安心した様子の彼女にそれとなく探りを入れる。


「そういえばあのスピリチュアルサイト、誰に教えて貰ったの?」


──んん? あのサイトなら美園っちに聞いたんだよ。二週間……位前かな?


 思いもよらぬ名前だった。

ハルは努めて平静に聞き返す。


「えっと……美園さん? リナちゃん、美園さんと仲良かったっけ?」


──あ、ハルは知らないかぁ。私、美園っちと同中おなちゅーだし、去年同じクラスだったんだよー。演劇部の取材もあるし、割りと仲良いんだ……って、それがどうかしたの?


「いや、別に……」


 誤魔化し下手なハルに、リナが改めて「大丈夫?」と心配そうな声をかける。


──そういや由羽子ユーコ達からのメッセージ、見た?


「あ、えっと、何だっけ」


 見た気もするがリナへの返事でそれ所では無かった為、あまり覚えていない。

彼女は「お見舞い失敗したって話だよぅ」と小さく笑った。


──なんかアカリ、病院に行くってんで、結局お見舞い行けなかったんだってさ。マジ浦の奴ドンマイだよねぇ~。


「そうなんだ」


 リナは「あ、そうだ」と思い出したような声をあげる。

相変わらず話がコロコロ変わる友人である。

ハルはすっかり聞き役になっていた。


──カスミにも連絡してあげて。私テンパっちゃってさぁ、ハルが具合悪そうなのカスミに言っちゃったんだ。多分心配してると思うから。


「そっか、分かった。心配かけて本当にごめんね」


──良いってことよ! じゃ、ハルもお大事にね!


 よく喋るリナに感心しながら通話を終え、次は大和田に電話をかける。

すぐに出るだろうという予想通り、大和田が電話に出るのは早かった。


──ハル! あんた具合い悪かったって!? 大丈夫なの!?


 桜木に負けない大声が届き、ハルはそっと耳を遠ざける。


「う、うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね」


──あんたまで無理すんじゃないよ、全く……


 やれやれという風に話す大和田の言葉が嫌に引っ掛かり、ハルは「私までって?」と首を傾げた。


──……ここだけの話だけどね。アカリ、最近ずっと調子悪かったみたい。皆には隠したかったみたいだけど。多分、それもあって今日病院に行ったんじゃないかな。


「そんな……」


 北本とは毎日会っていたが不調だったとは気付かなかった。

先程の忍と竜太との会話が脳裏をよぎる。


(違う。きっと偶然。アカリちゃんみたいな人が、呪いなんかと関係ある訳ない)


 少しでも疑心を抱いてしまった事に後ろめたさを感じていると、電話の向こうからため息が聞こえた。


──ハルも盲腸やったし、クラスでも風邪が流行ったしで、何か周りで不健康な人が多い気がするんだよね。だから、ちょっと心配で……


 不安を感じているのは彼女も同じらしい。

ハルは「私なら大丈夫だよ」と最早口癖に近い言葉を口にした。

ハッとしたように大和田が話を切り上げる。


──ごめん、つい話し込んじゃった。とにかく、あんたまでアカリみたく隠して無理したら駄目だからね!


「うん。心配してくれてありがとう」


──じゃ、お大事に。


 ハルは通話が切れるとベッドに倒れ込む。

ひたすら真っ暗なスマホを見つめていると、まとまらない考えがグルグルと脳内を廻った。


(アカリちゃん以外の身近な人で、体調悪い人、いたかな……)


 他のクラスに知り合いは居ない為、とりあえず考えから除外する。

大和田が言っていた風邪引きはあの黒い手のモヤが絡み付いていた女子達の事だろう。

彼女達のモヤは日に日に薄らいでいたので、今となってはもう全く視えない。

体調も戻ったのか全員マスクを外して生活している。


(そういえば忍さんは、悪意が返っても平気な例外もあるって言ってたっけ)


──規格外の強さの守りが味方にいるとか。


──霊験あらたかな御札や御守りを所持してる奴。


 ふと教室内で赤い御守りを落としていた八木崎を思い出す。

考えてみればイモ虫モドキやモヤの手は彼の事を避けていた。

あれはあの御守りがあったからなのだろうか。


(けど、八木崎君が誰かを呪うなんて想像つかない……)


 早くも行き詰まったハルはブンブンと頭を振る。

せめてもの気休めになればと身近な人物を除外していく考え方に切り変える。


(まず、アカリちゃんやカスミちゃんはあり得ないよね。呪いなんて陰湿な事、嫌うだろうし……)


 ハルは贔屓目だらけな推理なのを承知で周りの人間を思い浮かべていく。


(リナちゃんもないよね。私が手出ししなかったら、首吊りの男の人に掴まれていた筈だし……)


 そこではたと考えが止まる。


(志木さんも、呪いとか嫌いそうだけど……)


 確か志木は浦の事が好きだと聞いた。

もし志木が内心で北本を妬んでいたとしたら……


(まさか、アカリちゃんの体調不良って、誰かの呪いを受けたからなんじゃ? 人気者だから、それを誰かに妬まれた、とか……!?)


 今まで呪いを行った犯人にばかり意識が向いていたが、呪われる対象者について考えた事はなかった。


(そもそも、呪われたらどうなっちゃうんだろう)


 肝心な所を聞いてこなかった事を後悔しながら、ハルは北本を恨んでいそうな人物の心当たりを探す。

しかし彼女の交遊関係が広すぎて特定するのは無理に等しかった。

そもそも本当に北本が呪われているとは限らないのだ。


(とりあえず、アカリちゃんに振られた男子位しか思い付かないや……後は……)


 美園舞華の整った顔が頭に浮かぶ。

リナにあのサイトを教えたのは彼女との事だ。

もしかしたら美園も何も知らない閲覧者の一人かもしれないが、北本との不仲説もある。

考えようによっては疑わしくもあるが、はたしてあんな美人が呪いなどするだろうか。

ハルは以前見た憂いを帯びた美園の笑顔を思い出し、頭を掻きむしった。


(はぁ……ただの憶測で皆の事疑ってばかりで、ホント最低……)


 自己嫌悪に身悶えるように、ハルはグリグリと枕に顔を埋めた。

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