Coco
21
「上手く伝えられるか分からないから、初めにこれだけは言っておきたい。僕はキミを愛しているし、欠けがえのない人だと思っている」
夕飯の後、話があると夫が真面目な顔で切り出した。
「どうしたの?急に」
「好きな人が出来たんだ」
……なるほど。
「どうしたいの?」
「その人と恋がしたい」
恋……か。
「その人は、あなたが既婚者だって知ってるの?」
「うん、知ってる」
「私のことを愛しているけど、その人とも恋がしたいってこと?」
「うん、都合がいいことを言ってるのは十分わかってる。キミには申し訳ないと思うし、こんなこと頼むなんてどうかしてると自分でも思う」
「その人と恋愛することを許して欲しいってこと?」
「うん」
「離婚したいってこと?」
「離婚はしたくない。でも、別居することにはなるとは思う」
「どうして離婚しないの?」
「家族でいたいんだ。キミを愛しているし、子供達のことも愛している。キミが離婚したいなら仕方ないけど…」
「家族の他に恋人も欲しいってこと?」
「そうだね、強欲だけど…」
私は笑った。
「ほんと強欲ね。浮気したら離婚じゃなかったの?」
「だから、浮気じゃなくて許しを乞いたい」
さすが私の夫だ。肝の太さが違う。
「キミはリツくんとはどうなの?」
私はリツのことを夫に話している。
夫が少しヤキモチを焼くこともあったけど、二人がそんな関係ではないことは夫も分かっている。
「リツは息子みたいなものよ」
「キミがずっと僕の気持ちに配慮してくれていたことは分かってるよ。ありがとう。気持ちに蓋をしてくれて」
「何よそれ…」
「僕が何年キミの夫をやっていると思ってるんだい?キミよりもキミの気持ちは分かってるよ。それなのに、僕の方からこんな話を切り出すのも申し訳ないと思ってる」
今日の夫は饒舌だ。きっと長いこと考えての言葉だろう。
「僕も気持ちに蓋をして、見ない振りをしようと思った。でも、お互いそんな状態で一緒にいることに意味があるのか?と考えるようになったんだ」
気持ちに蓋か…
「それに、この頃のキミを見ていて、やっぱり話そうと思ったんだ。最近、リツくんが来ないって言ってただろ?連絡しても素っ気ないって。寂しそうだったし、上の空だったよ。気づいてた?」
「それに……」
夫は少し口ごもった。
「あの日の朝、リツくんの名前を呼んだろ?」
私は何も言えなかった。
「自分の気持ちに素直になってみないか?」
「……そうね」
それは、ずっと繋いでいた手を放す感覚だった。
ありがとう。
そう言って、夫は私を抱きしめた。
寂しくないと言ったら嘘になる。
リツに対しても、夫に対しても。
だけど──
気持ちが走り出したら、自分でもどうにも出来ないことを、私はよく知っているから。
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