16 リツ
「おはよー」
「あっ、リツ、おはよ…」
ん?なんかココさん変だな。
「じゃあ、これ切ってくれる?」
二人でキッチンに並んで立つ。
ココさんの手首の包帯が痛々しいけど、痛みはだいぶ引いたみたい。
「あつっ!」
ココさんがお湯で火傷しそうになった。
「もぅ、気をつけて。また怪我しちゃうよ?俺やるから座ってて」
ココさんは、はーいと小さく返事してソファに座った。なんか今日は素直だな。
「今回は怪我も大したことなくて良かったね」
「そうだね、刺されたりしなくて良かった」
「もう、夜は出歩かないで」
「うん、そうする」
「この店はセキュリティは大丈夫なの?酔っぱらいも来るんだし、ココさん一人だけど、危なくないの?」
「セキュリティには入ってるけど、私服警官がしょっちゅう来るし、盗聴、盗撮もセンサーがあるから、付けられたらすぐに分かる」
「私服警官?巡回で?」
「うん。政府の要人とかも私服でしれっと来てたりするから、SPも私服で来てたり、普通にお客としても来るよ」
「そうなんだ…じゃあ、店の中に居れば安心だね」
仕込みが一段落して、コーヒーでも淹れようかと聞いてみたけど返事がない。ココさんはソファで眠っていた。今朝の夢がフラッシュバックする。
今ならキス出来る。
でもそれって、ズルくないか?
いや、でもこんなチャンスは滅多にない。
だけど、それはこの前の酔っぱらいのしたことと変わらないんじゃないのか?
いや、俺は酔っぱらいとは違う。
ならばいいのか?
ぐるぐると自問自答を繰り返しているうちに、ココさんが目を覚ました。
「いい匂い。コーヒー飲みたいな」
ぐわっ、クソ!
せっかくのチャンスだったのにーーーーー!
「いらっしゃいませ」
!!!!!
営業が始まって暫くした頃、彼女が記者らしき人物と入ってきた。俺には気づいていない。
「何やってんだ」
「リツ!なんで?!今日は仕事じゃなかったの?」
俺は彼女の腕を掴んで外へ出た。
「何するつもりだよ」
「リツこそ、ここで何してるの?」
「俺はココさんに手伝い頼まれて…」
「ココ?今朝の言葉…ココって言ったんだ」
俺は何も言えなかった。
「大事な人って、その人なの?」
やっぱり俺は何も言えなかった。
バシッ!
いってー…
彼女はヒールをカツカツ言わせながら階段を降りていった。
俺が店に戻ると、彼女と一緒に来た記者が逃げるように帰って行った。俺が彼女に接触したってことは、記者が欲しがっていたネタの裏付けになるけど、ここでのことは書けないルールだ。だけど、また彼女がどこかで話せば、遅かれ早かれ書かれるだろう。
「大丈夫?」
ココさんが心配そうに尋ねる。
「まぁ、しゃーない」
俺はそう答えてカウンターに戻った。
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