こぼれ落ちていく


 ガンッ。そんな音を立てて取り落としたマグカップが戸棚から転げ落ちた。

 慌ててモスグリーンのマグカップを拾い上げると取っ手の部分が割れていた。

 昔付き合っていた男からのプレゼントで、俺の部屋に置いておく用ということで贈られたモスグリーンとコバルトブルーのペアマグカップだ。

 もう、昔の話だ。

 でも忘れられない、永遠の恋人。

 今もまだ、その顔と思い出がそばにある。

 ただ、最近はお前の声が思い出せなくなっていた。

 忘れたくないのに、ほんの少しずつ、記憶からこぼれ落ちていく。

 その思い出のひとつのマグカップが割れた。

「もう、忘れなきゃいけないのか?」

 葬式には行かなかった。

 それが本当だと自覚したくなかったからだ。

「忘れたくねぇよ、お前のこと」

 割れたマグカップが滲んで見えた。

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