幸せの絵本

幸せの絵本

サチは高校の友達だった。高校2年からクラスが一緒になって、人見知りの私がなぜか自然と友達になれた。

サチはいつも凛としていた。そして、澄んだ瞳をしていた。だからサチに見つめられると、いつも心が見透かされそうな気がした。

学校の帰り、私とサチはいつもの道を歩いていた。

「アキは幸せだけの世界ってあると思う?」

「幸せだけ?」

「うん、幸せだけ。悲しみや苦しみは、なんにもないの。」

「あったら、いいよね。サチはあると思う?」

「うん。あると思う。あのね、私、図書館で絵本を見つけたの。」

「絵本?」

「うん、絵本。その絵本にね、書いてあったの。」

「なにが?」

「幸せだけの世界が。」

「幸せだけの世界?」

「うん。ある人がね、苦しくて悲しくて、旅に出たの。そして、苦しみや悲しみがひとつもない世界を探すの。アキはこの人がどうなったと思う?」

「うーん…幸せだけの世界か。でも絵本だし、愛する人を見つけて幸せになる、とか?」

「私もね、そういう結婚してとか、愛する人を見つけて幸せになりました、で終わるお話だと思ってた。旅人はね、確かに幸せになった。でもその絵本は、本当に幸せだったの。」

「本当に?」

「そう。旅人は世界の果ての果てまで行って見つけたの。幸せだけの世界を。人々はみんな微笑んでるの。みんな優しくて、旅人を否定することはしない。旅人の話を優しく聞くの。旅人はそこで暮らすことにした。そして、わかったの。その世界の人々は他人を蹴落としたりしない。他人と自分を比べて、他人と誰かを比べて、貶すこともしない。でも、自分が美しいと思ったことを称賛するの。そして、自分を卑下することもしない。その世界に苦しみや悲しみはなかった。それで旅人は旅人をやめたの。」

「幸せだけの世界…」

「うん。私ね、それで気がついたの。苦しみとか悲しみっていらないんだって…幸せだけでいいんだって…その絵本は教えてくれたの。」

「…そっか…私も読んでみたいな、その絵本。」

「今度借りてくるね!」

「うん…ありがとう。」



サチがとても幸せそうだったから、私が住む世界とかけ離れた絵本の世界を、否定できなかった。



次の日、サチはいなくなった。

警察も捜査したけど、なにもわからなかった。カバンも財布も、部屋に残っていたから。サチだけが、いなくなった。


悲しくて泣いたけど、同時に少しだけホッともした。

サチはきっと幸せだけの世界に行ったんだと思ったから。

でも、私はもっとサチと一緒に、いつもの道を帰りたかった。



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