第39話 塞将 ボルゾフ

グレンに向かい、長槍を打ち込んできた大男が壁上より降りてきた。



見上げるような巨漢、腰まで伸ばした灰色の髪を背中で一つにまとめたその男。



豊かな口髭を生やし、堅牢な鎧を身に帯びたその男。



その鎧には、ある紋章が彫り込まれていた。



グレンは、それが誰なのかを理解した。



「ガルディアの紋章・・・❝鉄血の❞ボルゾフ将軍?」



「え!?」



エリアが驚いた顔でグレンを見る



「隊長が敵に敬称を付けた?!」



アイラも叫ぶ。



いや、そっちかよ



「お前が❝戦闘龍だな❞」



地を這うような低い声で、男が尋ねる。



ボルゾフが手にする戦斧は、真っ直ぐにグレンを指す。



「ええ、私がこの中隊を預かります、グレン・バルザード。ここいらでは、まぁ・・・そんな仇名も付けられています」



「敵対者に対して随分と腰が低いな・・・噂とはだいぶ違うようだ 」



「我が軍団長である、ボルド大将軍の❝元❞同郷の御仁に、舐めた口の聞き方は出来ません。」



「ふっ・・・ボルドか、なるほど・・・この奇妙な攻め方は、やはりあいつか・・・」





グレン中隊は、直属の上官に大隊長であるヴィルヘルムの指揮下となるが・・・



その上には大隊長を指揮する戦隊長のキリクが



その上には戦隊長を統べる師団長が



最終的には第三軍団の最高指揮官となる軍団長がいる。



今しがた、塞将ボルゾフの口から出たボルドとは、その第三軍団軍団長の名である。





「・・・ボルドは、息災か?」



「ご自分で確かめて見られては如何ですか?本陣までご案内いたしますよ?・・・ボルゾフ将軍」



「ふっ・・・捕虜として・・・な」



「ええ・・・現状を見て、この城はもう駄目でしょう。正面は眼前まで接近され、城壁左右からも侵入され、頼みの綱の城門は開門直前・・・残念ながら、挽回の余地は薄いのでは?」



「そうだな・・・だがな、若武者よ。それは軍人として、武人として、受け入れるわけにはいかんのだよ」



「ほう?」



「お前たちに城を明け渡したとして、城内にいる者たちはどうなる?」



「全員斬首でしょう、帝国兵は」



グレンは無慈悲に告げる



「・・・・・・だろうな、それが戦だ」



それを聞いたボロゾフは、乾いた笑いを溢しながら首を振る。



「貴方の昔ながらの配下は助命されると思いますよ?ボルド大将軍の馴染みですので」



「会った所で奴自ら首を刎ねるだろうさ・・・あいつはそういう奴だ、昔からな」



「そうでしょうな、裏切り者には容赦のない方ですから」



「私は人質を取られた・・・家族をな」



「存じています」



「ボルドは・・・」



「いませんよ誰も、誰一人として生きてはいません」



「・・・そうか」



「ええ」



二人の間に奇妙な空気が流れる。



「さて、どうされますか?ボルゾフ将軍。やるのか、否か」



「・・・今さらボルドに会ったところで、なにも変わらんよ・・・私は、長く帝国軍人として過ごしすぎた・・・誇りもなく生き延びてな」



「帝国将兵に、敵対者に愛着や、情でも抱かれたのですか?・・・」



「・・・・・・否定出来ないのが、辛い所だ」



「なるほど・・・」



「私には、ガルディアからの付き合いの者だけではなく、彼らも守る義務があるのだよ・・・グレン・・・」



「そうですか・・・残念ですが、交渉決裂ですな・・・では、私と殺り合う・・・ということで宜しいですな?」 



「あぁ・・・それで構わん」



「そうですか、本当に光栄ですよ・・・あの“ガルディア騎士団”の一員と闘れるとはね」



互いに兜のバイザーを閉じ、強い眼光で前を見据える。



「改めて名乗ろう、“帝国軍将軍”バルド城塞塞将、ボルゾフ・グラバス・オイゲン」



「皇國東方軍千人将、グレン・バルザード」



二人の剛将が、ぶつかる。



お互いの矜持を込めて。


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