第41話【進路】B面

 通信制の高校の時には夏期講習というものはなかった。その代わりに長期休みに特別活動などを入れて単位を稼いだりしていた。2年になったら、もしかしたら夏期講習もあったのかもしれないが、俺は1年しか経験がないから正確なところは分からない。つまり、夏期講習未経験の俺は、初めてそういうものに参加出来ると思っていた。


 ところが、この高校にも夏期講習という名の講習はなかった。その代わりに、大学別に集中講習があった。俺が目指す大学用の集中講習は、なかった。でも俺の志望校を含む3校合同の強化講習はあった。俺はそれに参加することにした。沙希はどこの講習にも参加しないと言っていた。大学別講習だから、大学が具体的に決まっていなかった沙希には申し込みようがなかったのかもしれない。


 強化講習は意外と役に立った。講習期間内に一度だけ俺が志望する大学へ進学した先輩とやらがゲスト講師としてやってきた。学部は違ったが、その大学の話などが聞けてラッキーだった。俺は、その先輩の講義が終わった後、その先輩に医学部のことも個別で聞くことが出来た。


簡単には合格出来ないとのことだったが、それはもちろん承知で受験をする。その先輩は、その大学にある学部のほとんどの対策を考えて来てくれていたのもありがたかった。各学部の学生にリサーチしてくれて、自分で資料にまとめてくれたらしい。大学側が作成した大学案内よりはるかに参考になる資料だった。


 俺はそれを参考にオープンキャンパスや体験授業にも参加した。当然、夏休み中には沙希と数えるほどしか逢えなかった。本来ならば、もう少し沙希と逢いたかったが、日頃まともに勉強をしていなかった俺は、沙希のことを考える余裕がなかったのかもしれない。


 俺が大学受験に向けて集中している間に、沙希が進路を決めていたことを知ったのも夏休みの後半だった。進路が決まったことをLINEで聞いて、素直に俺は嬉しかった。沙希がこの能力を使った仕事を目指すことにしたと聞き、この能力があることを前提に未来を考えてくれたことを知ったからだ。


 それは偶然、進路が舞い降りて来た・・・という表現がピッタリするような出来事があり、沙希の未来に対する具体的な目標が決まったのだから人生何が起きるか分からないなと俺は思った。

 迷子の老人が声に出す言葉と心で思っている不安があまりにも違いすぎ、沙希はこの老人を助けたいと思ったのだ。そして、実際に行動に移せた自分に驚いていたと言っていた。


沙希は、心理カウンセラーになると決めたのだ。


 以前、沙希はこの能力を手に入れたばかりの頃、コントロールが出来なくて動揺している中でも「正しい使い方をすれば人の役に立てる能力だ」と言っていたことがある。でもそれ以降、人の役に立てるような使い方は見つかっていなかった。進路が偶然決まった日。図書館に行こうと思わなければきっと今でも進路は決まっていなかったかもしれない。


 気付けば夏休みも残りを数えた方が早い時期になっていた。

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