第40話【脱無掲示?】B面

 翌週、いつものように一日が始まった。

登校時に前を歩いている沙希を見つけた俺は、ちゃんと心の声が聞こえているのか確認したくて、心の中で声を掛けた。


『おはよう』


沙希には俺の心の声が届いていたとすぐに分かった。歩いていた足が一瞬で止まったからだ。そして、俺があと数歩で沙希のすぐ後ろに着くというところで沙希は振り返った。


「おはよう」


そう言った沙希の顔は晴れやかだった。俺も嬉しくなり、微笑んだ。ちゃんと聞こえてる!そう思うだけでこんなにも嬉しいものなのかと改めて感じた。


「この前は来てくれてありがとな。母さん、すっかり沙希のこと気に入っちゃってさ、沙希が帰った後もずっとご機嫌だったよ」


沙希の笑顔に俺のテンションも上がっていたようで、自然と昨日のことを伝えた。沙希は一瞬、ドキッとしていて、


『そうだ!私たち、下の名前で呼ぼうと決めたんだった』


と思い出し、そして…顔がニヤけてる。


やめろ!下の名前で呼ぶの、俺だってまだ恥ずかしいのを出来るだけ自然に言ったのに、そこで沙希がニヤけたら、俺も顔がニヤける…


「ん?顔、緩んでるぞ」


俺はニヤけそうになる顔を必死で押さえて沙希にツッコミを入れてみた。沙希の顔を覗き込むと、


「悪趣味!」


と言いながら沙希は俺に体当たりしてきた。こういう何気ない仕草が俺は嬉しくて仕方なかった。


 高校に近付くにつれ、俺たちが通う高校の生徒が多くなる。中にはクラスメイトも居る。俺たちを見て、俺が脱落することを望む声も強くなるのを感じた。まぁ、そんなことは気にしても仕方がないことだし、俺が気にすれば沙希がもっと気にすると思い、あえて考えないようにしていた。ふと沙希の心も穏やかなことを感じ、


『余裕だな。頼もしいよ』


と心の中でつぶやいた。沙希はニッコリと微笑んでくれた。


 教室に行く廊下には先週金曜日の放課後テストの結果が貼り出されていたが、俺はこの結果にあまり興味はない。しかし、教室に行くといつもと様子が違っていることに気が付いた。


『古村の2位は偶然だったのか?』

『良かった。古村が上位とか凹んでたんだよな』

『古村、これから大変だな。今までずっと無掲示だったのに…』


俺が噂されなくてラッキーだったが、やたらと沙希のことが聞こえて来た。沙希もこの異変に気が付いていた。次の瞬間、沙希は再び廊下に走り戻った。俺もあとからついて行った。沙希は、劣等者が書かれた紙を入念に見ていたがどうやらそこには自分の名前はなかったと安心していたのもつかの間、次はゆっくりと上位者の紙を見に行った。


 沙希の名前は20位に書かれていたようだ。沙希の心がみるみる動揺していたのが分かった俺は、


『沙希が頑張ったってだけだろ?別にパニックになることなんて何もないと思うが…』


と後ろから心の中で声を掛けた。


『いやいやいや!ずっと頑張って来てたよ。だけど1年以上も無掲示常連者だったんだよ。今までと変わった勉強はしてないんだけど…』


沙希の動揺は相当なものだった。俺は、


『いや。今までとは違うんだよ』


と伝えた。


『違うって?』

『俺さ、今まで塾だの家庭教師だのって使ったことないって言ってたろ?必要ないんだよ』

『どういうこと?』

『いつでも学校にいる間はどこかしらから授業の内容が聞こえて来る。何をしていてもどこに居てもだ』

『ああ。そうかも!』

『毎日毎日違う教室の声も聞こえて来てて自分が受けている授業中でも別の授業内容が聞こえて来る。そのうち繰り返し学習みたいな状態になっていつの間にか覚えてるって感じ』


俺は、自分の今までの経験を伝えた。


『うん。確かに言われてみたらそうだね』


俺の言葉に沙希も納得した。


『多分沙希も知らない間にいろんな授業が聞こえてたんだと思う。で、自分だって勉強するだろ?それが予習だと思ってやっていた問題でも実は復習状態になってたんだと思う。予習やってても今までみたいにまるっきり分からないって状態にはなってなかったんじゃないか?』


俺が尋ねると、沙希は少し考えた後、納得した。沙希自身も感じていた家での勉強の違和感のようなものが解決したという納得だった。


 その日の授業で沙希はあえて意識していたようで、他のクラスから聞こえる声にも納得した様子だった。そしてその状況を楽しんでいるようにも感じた。


本当に頼もしいくらい適応力があるなと俺は感心した。勉強というものは理解しながらやると楽しめるのかと俺は初めて感じた。沙希の感情が伝わって来なければ、気付かなかったことだ。この日以降の放課後テストの結果は、順位変動は多少あるものの、沙希は上位者の常連になった。


 そして、沙希が勉強に充実している間に季節は流れ、気付けば夏休みに入った。

夏休み期間中には三者面談というものがあった。通信制にはなかったものだ。ここで、進路について親を交えて最終的な調整をするらしい。俺は、両親ともに医者だ。


もちろん、俺も医者を目指している。通信制から医学部がある大学に進学するには情報があまりにも少なすぎると通信制の高校側に言われて、俺は全日制に編入をした。幸い、この高校からは毎年数名の医学部進学の実績がある。俺が志望している大学の医学部への進学実績も毎年ではないにしてもあることはあった。


 三者面談は母親が来てくれた。担任がピックアップした大学を見て母親は、


「お手数おかけしました。でも佑希はもともと志望している大学がございます。複数受験して、逃げ道を作るような子ではないので、受験は一校のみの予定ですので」


と俺より先に高見沢に伝えた。先手を打たれたと高見沢は不機嫌になったが、俺にも母親にも全部筒抜けだ。高見沢の心の声に母親は、不敵な笑みを浮かべて満足そうだった。こういう悪戯っぽいところは昔から変わらない。


 母親は、俺の志望を伝える時も伝えたあとも笑顔のままだった。高見沢はそれを見て、何も反論出来なかった。あの笑顔は、『もう決めてるんだから何も言うな!』と念を送っている笑顔だ。


それでも反論してくる奴がいるとしたら、それは空気が読めないか、よっぽどの無謀な奴かのどちらかだろう。高見沢は、そのどちらでもなかったようで、


「そうですか。お子さんと話し合いはされているようですし、今の成績ならその大学への受験は問題ありませんが、最終的に併願校を数校決めておくのもひとつの方法としてお考え下さい。もちろん、どうしても単願でというのでしたら私は無理に薦めませんので」


取り敢えず、反論はしないがひとつの方法として併願も考えてほしいとうまく提案した気になっていた。もちろん俺も母親もそんな方法は考えていないがそこはあえて、


「分かりました」


と母親が答えたから、俺は何も言わないでおいた。


 そう言えば、沙希は明日が三者面談だと言っていたが志望校はまだ決まっていないと言っていた。将来何になりたいのかもまだ決まっていないとも言っていたことを思い出した。


その状態では高見沢から色々ツッコまれることは間違いないと思うと、少し心配になった。恐らくクラス全員の成績に合った大学をピックアップしているだろうから、そこに乗せられなければいいと切実に思っていた。


『沙希ちゃんは、大丈夫よ。意外と芯も強そうだし、こんな先生に言いくるめられることはないと思うけどな』


母親からそう聞こえて来た。俺も同感だと思い、


『そうかもな。』


と返した。俺の三者面談はわずか10分弱で終了した。


 翌日の沙希の三者面談後、帰宅してからだろう時間に沙希からLINEがきた。進路が決まっていないならとりあえず大学に進学してから決めればいいと言われたこと、今の成績で行ける大学をピックアップしたと一覧を渡されたこと、いろんな学部の受験を薦められたことなどが書かれていた。


数打ちゃ当たる!という企みが手に取るように分かってムカついたとも書いてあり、やはり沙希もイラつく三者面談になったのだと分かった。俺の場合は母親が先手を打ってくれたが、おそらく沙希の家はウチのようにはいかなかっただろうということも予測出来た。


 とりあえず二人とも三者面談が終わり、これから本格的に夏休みが始まった。

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